教養・歴史書評

『制度でわかる世界の経済 制度的調整の政治経済学』 評者・服部茂幸

編者 宇仁宏幸(京都大学大学院教授) 厳成男(立教大学教授) 藤田真哉(名古屋大学大学院准教授) ナカニシヤ出版 3000円

未来がみえにくい経済に協議・妥協がもたらす意義

 権力や命令からの「規制」だけでなく、協議・妥協を基盤においた「コーディネーション」にも着目し、制度による調整という視点から経済を実証分析した本である。

 最も興味深かったのが、第7章の宇仁宏幸氏の論文である。この論文は、日本の上場企業では、当年の実物的利潤が実物的投資の決定に重要な役割をはたしているのに対して、金融的投資の決定に重要なのは、前年の金融的利潤率であり、当年の金融的利潤率と金融的投資の関係は逆相関であることを実証した。

 そこから、当該企業が専門的な知識を持たない金融投資は、過去の状況に適合するような投資が行われていると結論する。そして、この結論は合理性の限界、将来の不確実性を前提とした新しいミクロ経済学の理論とも整合的であると言う。

 日本の製造業とサービス業において、需要が落ち込んだ時に、賃金分配率が上下いずれに変動するかを計量モデルにより分析したのが、第8章の薗田竜之介氏の論文である。解雇するのが困難な製造業では、稼働率の低下にともない労働生産性が低下し、賃金分配率が上昇していた。しかし、1997年の金融危機以降は、労働の調整が容易となり、稼働率と労働生産性が無関係となったために、稼働率の低下は労働分配率を引き下げている。

 サービス業では、従来、稼働率と労働分配率は無関係だった。しかし鉄道と電気通信の民営化が進んだ85年以降は、稼働率の低下は価格を引き下げるが、価格の引き下げはそれ以上に賃金を引き下げるために、賃金分配率は低下する。

 しかし、評者があらためて調べたところ、97年以降でも、製造業の稼働率が上昇した時には、労働生産性は上昇し、労働分配率は低下している(原系列の前年同期差と前年同期比による)。園田氏の連立方程式を組んだ分析結果と、増減の単純な相関で結果が食い違うのは謎である。

 金融化にともなう金融的投資の蓄積が、日本企業の実物的投資を抑制していると主張するのが、第9章の嶋野智仁氏である。しかし、宇仁氏の論文では金融的利潤率は実物的利潤率よりも低いことを示している。実際、預金金利はほとんどゼロである。金融資産の蓄積は消費の停滞による投資機会の枯渇の結果(ケインズの言う「流動性の罠(わな)」)にすぎないのではないかと感じた。

 字数の制約から評者の興味を特に引いたものを取り上げたが、本書は広く海外の事例も扱う。謎の提起も含めて、興味深い本であった。

(服部茂幸・同志社大学教授)


 うに・ひろゆき、げん・せいなん、ふじた・しんや 3人の編者のほか執筆者は徳丸宜穂、梁峻豪、金峻永、呂守軍、山田鋭夫、薗田竜之介、嶋野智仁、エムレ・ウナルの総勢11人。

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