教養・歴史書評

中国 真の近代化目指して 中国のトイレ革命=辻康吾

     1980年代、中国が対外開放を始めるとともに急増した外国人訪問者の最大かつ共通の話題は、中国の「トイレ話」であった。昨年10月に出版された商務印書館発行、周星著の『道在屎溺』(『道は屎尿(しにょう)にあり』)は当時の状況を回顧して「跳」「叫」「笑」の3文字に集約している。つまり床一面に流れる汚物の中に置かれたレンガに「跳」び乗り、下を見ればうじ虫がいっぱいで「叫」び、そして仕切りがなく知人が入ってきたら「笑」って世間話をする。87年になっても北京市の20カ所の観光地点にあった170カ所の公衆便所で、外国人がなんとか使えたのは18カ所に過ぎなかったという。私自身も故宮見物中、トイレで用を足せずに蒼白(そうはく)になって戻ってきた日本人女性をホテルに急送したことがあった。

     同書によれば改革開放と同時に中国で始まった大規模な都市化とともに、トイレ問題は重大化し、2015年に習近平総書記のお声掛かりで大規模なトイレ革命(中国語で「厠所革命」)が始まり、17年までに6万8000カ所の公衆便所が改善された。また外国人が泊まるような高級ホテルなどは随分よくなった。だが大都市や学校などはともかく、広大な農村部のトイレをはじめ衛生環境には今なお多くの問題が残されている。日本も含めアジアの農業は古代から屎尿を肥料として使ってきた。そこから近代まで中国の都市では糞夫と呼ばれるくみ取り業が組織され、農村ではブタ小屋と便所が一緒に作られて屎尿はブタの餌となってきた。だが膨大な労働力を必要とする屎尿の収集、散布よりも、はるかに楽で生産性も上がる化学肥料の普及とともに屎尿利用も廃れ、トイレ問題はこうした産業面の変化でも一層深刻化していた。

     ともあれ同書が「遥かに先を行く日本」と題する一節をもうけているように、こうした中国のトイレ革命において日本が強力な推進力となってきた。日本のトイレの清潔さをたたえる中国人は昔からいたようだが、対外開放以後日本を訪れた多くの中国人が日本のトイレに仰天したことは事実である。とりわけ温水洗浄便座が訪日中国人の爆買いの的となったことは記憶に新しい。こうした中国の近代化、文明化、大国化には応援を惜しまないのだが。

    (辻康吾・元獨協大学教授)


     この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。

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