教養・歴史書評

『コロナ危機の経済学 提言と分析』 評者・井堀利宏

編著者 小林慶一郎(東京財団政策研究所研究主幹) 森川正之(一橋大学経済研究所教授) 日経BP 2500円

未曽有の危機に対し緊急出版 医療、財政等八つのビジョン提案

 2020年初頭に発生したコロナ危機は現在進行形の脅威であり、大方の想定を超えた感染力で日本のみならず世界中の人々を苦しめている。本書は日本の有力な経済学者25人が5月末までのデータや文献に基づいて、コロナ危機の経済的影響と政策対応について分析・提言した緊急出版書である。コロナ危機が経済社会にもたらす広範囲の影響を、セーフティーネット、医療危機とその克服、食料安全保障、労働市場規制、感染症試算モデル、都市集積のメリット、企業のミクロ業績、POS(販売時点情報管理)での消費動向、財政面での支援策など多角的に要領よく解説している。コロナ危機という歴史的に未曽有の感染症ショックに直面して、学術研究が世界中で盛んになっており、感染症の疫学モデルと経済モデルの融合も進展している。本書はそうした最新の研究成果も紹介している。

 我が国では4月に緊急事態宣言を発動して感染拡大を抑制したが、この間の経済活動は大きく低迷した。7月以降再び感染者が増加しているが、全国一律の緊急事態宣言を再発動して、マクロ経済活動をストップさせるのは無理だろう。今後は重症者対応に重点を置き、医療体制を持ちこたえる一方で、経済活動も回していく選択が求められる。総じて、重症者数を医療供給制約の範囲内に抑えつつ、コロナ危機の経済的コストも小さくするという費用対効果の高い政策を模索するしかない。

 本書は、オンライン勤務や教育デジタル化の推進、コロナ潜在患者を適切に発見・隔離するかかりつけ医の活用や、給付と徴税を効率的に一体化させるセーフティーネットの創設を訴える。そして、グローバル社会のメリットを享受すべく我が国が国際協調で主導的役割を果たすことを目指すなど、コロナ後を見据えた八つのビジョンを提案する。

 現在世代が大きく損害を受けるコロナ危機で、困窮する家計や企業を支援するのは当然だが、財政面からの大盤振る舞いを無制限に続けるわけにもいかない。10万円の定額給付金も生活困窮世帯を超えた全国民を対象としたため、執行の事務作業が膨大な割に効果は限定的だった。

 コロナ危機の対応は将来の経済社会、医療体制に資するものであるべきで、中長期的視点での分析や政策提言が経済学者に課せられた大きな課題である。本書は、緊急出版という時間的制約もあって、コロナ危機の十分な分析と政策提言を展開しているわけではないが、有益な材料を提供している。

(井堀利宏・政策研究大学院大学特別教授)


 こばやし・けいいちろう 専門はマクロ経済学。財務省財政制度等審議会臨時委員なども兼任。著書(共著)に『日本経済の罠』など。

 もりかわ・まさゆき 経済産業研究所(RIETI)所長等も兼任。著書に『生産性 誤解と真実』など。

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