教養・歴史書評

『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』 評者・田代秀敏

著者 野嶋剛(ジャーナリスト) 扶桑社新書 880円

対コロナに成功の台湾モデル 周到迅速な行動を徹底検証

 台湾における新型コロナウイルスの感染者は489人、死者は7人である。10万人当たりの死者は0・03人で、日本の1・06人、韓国の0・65人、中国大陸の0・34人を大きく下回る(2020年9月4日現在)。

 台湾の成功は偶然でもミステリーでもない 。04年からの周到な防疫準備と危機に際しての迅速果断な行動との必然の帰結であった。その内実を、朝日新聞の台北支局長を務めた経験がある著者が「あらゆる角度から」掘り起こしたのが本書である。

 台湾政府は、武漢での感染拡大を昨年12月31日の未明に察知すると、その日のうちに、閣議決定、検疫体制の強化、北京政府への確認、世界保健機関(WHO)への通報、国民への注意喚起を行った。

 この「初動の見事さ」の源泉は、1999年から2大政党の間で政権交代が繰り返されてきた歴史、そして、03年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の悪夢である。

「台湾は民主主義でコロナを撃退した」 はプロパガンダに過ぎない。コロナ対策の「台湾モデル」は、大陸と同様に「追跡、監視、厳罰などを伴った厳しい」 ものである。

 信賞必罰が原則であり、自宅隔離を破ると最高100万台湾ドル(約360万円)の罰金が科され、隔離を終了すると1・4万台湾ドル(約5万円)の補償金を請求できる。

「コロナ対策という理由ならば多少のプライバシーを犠牲にしてもやむを得ない」 が台湾の人々のコンセンサスであり、犠牲の代償として「台湾では、基本的に外食店などの営業自粛は行われなかった」。

 防疫対策の司令塔として設置された「中央流行疫情指揮センター」に強力な権限が与えられ、同センターの指揮官は、「軍を含め、政府のあらゆるリソースを動員でき」「軍人によって都市封鎖も実施できるし、企業の施設や工場を徴用してマスクの生産を行うこともできる」。

 しかし、同センターは設置以来ほぼ毎日、午後2時から記者会見を開き、テレビが生中継する中、同センターの指揮官が、どんな質問にも、誠実に何時間でも応答した。「透明性が最も大切」であるという意識が台湾では徹底されているのである。

 台湾モデルも痛みを伴う。台湾の4~6月期の国内総生産(GDP)は前期比実質8・82%減だった(年率換算、季節調整済み)。32・9%減の米国や28・1%減の日本より傷は浅いものの、3・2%増の大陸には及ばない。経済活動の本格的再開に踏み出した時、台湾モデルは真価を問われるだろう。

(田代秀敏、シグマ・キャピタル チーフエコノミスト)


 のじま・つよし 1968年生まれ。元朝日新聞台北支局長。大東文化大学社会学部特任教授。台湾や香港、東南アジアの問題を中心に取材・執筆。『ラスト・バタリオン 蔣介石と日本軍人たち』『台湾とは何か』『香港とは何か』など著書多数。

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