教養・歴史書評

『僕は君の「熱」に投資しよう ベンチャーキャピタリストが挑発する7日間の特別講義』 評者・加護野忠男

著者 佐俣アンリ(ベンチャーキャピタリスト) ダイヤモンド社 1500円

ダイナミックな平等社会へ 起業家と伴走する挑発者

 著者は、創業初期のベンチャー企業に投資するシードファンドを組成するベンチャーキャピタリストである。本書は、将来の起業家を聴衆とした7日間の講義という体裁をとっている。その中から、ベンチャーキャピタリストの仕事の中身がよくわかる日の講義を紹介しよう。

 初日の講義は、著者がどのような人に投資をするかが語られている。才能のある人ではなく、熱のある人に投資するのが著者の流儀である。才能が人を起業家にするんじゃない。行き場のない妄想でも何でもいい。熱が人を起業家にするんだ、と著者はいう。

 2日目の講義では、起業家に対してベンチャーキャピタリストはどのような指導をするかが語られている。まず第一は、小さな成功で満足するのではなく、より大きな成功を目指すべきだという指導である。ベンチャーとは、誰でもが思いつく事業を100倍のスケールで考えて事業化することだというのが著者の信念だ。そして、「どれだけがんばるかより、どこでがんばるかが重要」と指導する。

 著者は単なる投資家ではない。ベンチャーキャピタリストと起業家との関係を自動車の例えで説明する。起業家は走るための車を準備し運転する。ベンチャーキャピタリストは、ガソリンを調達し、横に座って一緒に走る、という説明である。つまり、著者は起業家の伴走者あるいは共同起業家なのである。

 3日目の講義では、ベンチャー企業は成長を宿命づけられているということを語っている。「成長しなければ、死ぬ」と。イノベーションは縁辺からという経験則があるが、中枢の人々はイノベーションを起こさなくても富を手に入れることができるのでリスクには賭けない。リスクに賭けても失うもののない縁辺の人々がイノベーションに賭けるのだ。実際に、著者が発掘する起業家は、社会の中心的な上昇経路から外れた縁辺の人々である。起業家にならなければ、ニートかフリーターになっていたであろう人々である。

 ドイツ生まれのイギリスの社会学者のラルフ・ダーレンドルフは、平等な社会とは、社会階層間の格差が小さい社会だけではなく、階層間の移動が容易に行える社会もまたそうだと言った。それこそダイナミックな平等社会だ。かつては平等社会だった日本も格差が大きくなっていると言われる。本書を読んでベンチャーに挑戦する起業家が輩出すれば、日本も再びダイナミックな平等社会になることができる。

(加護野忠男・神戸大学特命教授)


 さまた・あんり 1984年生まれ。慶応義塾大学卒業後、投資会社のEastVenturesを経て、2012年にベンチャーキャピタル「ANRI」を設立。現在およそ120社に投資している。本書が初の著作。

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