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教養・歴史 書評

『公式より大切な「数学」の話をしよう』 評者・高橋克秀

著者 ステファン・ボイスマン(数学者、哲学者) 訳者 塩㟢香織 NHK出版 2000円

数学の基礎、平易に解説 文系ビジネスマン待望の書

 自動車のエンジンの仕組みを知らなくても運転はできる。インターネットの仕組みを知らなくてもスマホやパソコンは動く。しかし、知っているのと知らないのとでは大きな違いがある。インターネットは悪意を持った個人や国家によってしばしば悪用されてきた。一般人も最低限の知識を身につけて警戒した方がよい。仕組みの基礎になっているのは数学である。

 たとえばSNSの背後にあるのは、グラフ理論と呼ばれる数学の一分野である。複雑な現象をいくつかの点とこれらを結ぶ線分からなる単純な図形に還元し、その性質を研究する。棒グラフや折れ線グラフとは関係ない。18世紀にドイツの大数学者レオンハルト・オイラーが創始したとされる理論だが、その後は20世紀後半まで地味な分野だった。ところが1990年代末からのインターネットの爆発的普及によって様相は一変した。ビッグデータの解析にグラフ理論が有効であることがわかり、古典はよみがえった。

 グーグルの創業者ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンは、インターネットを非常に大きなグラフだと考え、重要度の高いウェブページを自動的に探し出すアルゴリズムを開発した。この手法はページランクと呼ばれるようになり、さまざまな改良版の開発を通じて、現在ではインターネット社会の基盤になっている。この手法は学術にも応用されて、ビッグデータやソーシャル・ネットワーク分析の原動力となっている。

 本書は現代を生き抜くために微積分、統計、グラフ理論をだれもがある程度知っておくことを勧めている。しかし、グラフ理論は理学部や工学部に行かない限り目に触れることはない。その入門の入門をざっと眺めるのに本書はちょうどよい難易度だ。

 筆者のボイスマンは25歳の天才数学者。数学の起源から始まってインターネット時代までの数学史を縦糸に、数学がいかに社会と密接にかかわってきたかを、数式を使わないで解説してくれる。本書の内容は理工系の勉強をした読者にはおなじみの話が多い。わかりやすさを重視した結果、難所は巧みに回避されてもいる。しかし、世の中の大多数を占める文系ビジネスマンの教養としては十分だ。

 来年にもデジタル庁が開設されるという。日本の役所は法学部卒など数学的素養のない役人に占められてきた。新政権の目玉としてデジタル・リテラシーを持った民間人を登用してほしいものだ。

(高橋克秀・国学院大学教授)


 Stefan Buijsman 1995年、オランダ生まれ。15歳でライデン大学に入り、天文学やコンピューターサイエンスを学ぶ。ストックホルム大学博士号を最年少(20歳)で取得。現在はストックホルムの研究機関で数学の哲学の特別研究員を務める。

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