教養・歴史書評

『ミツバチと文明 宗教、芸術から科学、政治まで 文化を形づくった偉大な昆虫の物語』 評者・後藤康雄

    著者 クレア・プレストン(ロンドン大学教授) 訳者 倉橋俊介 草思社 1800円

    神話や宗教、寓話のモチーフ 芸術家を刺激した蜜蜂の功績

     人類が有史以来つきあいを続けてきたというミツバチ。本書は、文明との関わりからミツバチを語った教養書である。ミツバチや蜂蜜は我々の生活に深く浸透しており、さまざまな作品にも登場する。くまのプーさんは蜂蜜に目がなく、シャーロック・ホームズは晩年を養蜂家として過ごしたという。恩田陸氏は『蜜蜂と遠雷』で直木賞を、スピッツはアルバム「ハチミツ」でレコード大賞ベストアルバム賞を受賞している。

     ミツバチの最大の特徴の一つは、高度な社会性である。各個体は集団の一員として死ぬまで自らの役割を果たす。人類は、ある種の畏敬(いけい)の念をもって彼らのふるまいを見てきた。もう一つの大きな特徴は、その活動が蜂蜜という価値あるアウトプットを生むことである。この甘露なる成果物をめぐり、彼らは外部からの干渉を余儀なくされる。

     本書はまず文化的領域でのミツバチの扱われ方に着目する。彼らの特性は、崇高な無私性と即物的・世俗的な成果のコントラスト、あるいは内部社会と外部の相克など、さまざまなインスピレーションをかきたててきた。本書で紹介される幅広い事例の通り、古くは神話や宗教、寓話(ぐうわ)のモチーフとなり、今日に至るまで芸術家に刺激を与え続けている。

     以上のような人文系の視点のみならず、政治、経済といった社会科学的な領域にも本書は紙幅を割いている。分かりやすいところでは、ミツバチは経済価値を生む。その代表的品目はもちろん蜂蜜である。1万年以上前、すでに人類は蜂蜜を採取し、紀元前2500年には養蜂を始めていたそうである。

     ただ消費額という点で見ると、今日の市場規模は限られている。わが国の2018年の生産と輸入の合計は約220億円と、GDP(国内総生産)の0・004%に満たない。では経済的にミツバチはさまつな存在かといえば、とんでもない。本書で強調される通り、彼らとその近縁種は受粉を通じ、地上の大方の植物の生態に不可欠な存在である。経済外部性(市場での金銭的やりとりを伴わず及ぶ影響)は計り知れない。

     本書の表現を借りれば、ミツバチは「生物の中で唯一、ある種の技術を使い、外部から取り込んだ原料で何かを作り出すことができる」種だ。彼らは、環境と共存しながら洗練された生産体制を築いている。我々が彼らからすぐに何かを学ぶという短絡的な期待ではなく、人類の立ち位置や在り方を、歴史的スケール、地球的規模で謙虚に考えるきっかけを与えてくれるように思われる。

    (後藤康雄・成城大学教授)


     Claire Preston ロンドン大学クイーン・メアリー校でルネサンス文学、英文学の教授を務める。著書に『Thomas Browne and the Writing of Early Modern Science』(未邦訳)などがある。

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