教養・歴史書評

『日本経済の長期停滞 実証分析が明らかにするメカニズム』 評者・井堀利宏

著者 小川一夫(関西外国語大学教授) 日経BP 4500円

企業、家計の停滞メカニズム データ駆使し説得的に分析

 日本経済の実証分析で優れた業績を上げてきた著者は、本書で日本経済が長期にわたって停滞を続けている理由を実証的に解明するとともに、その処方箋も提示する。1990年代と2000年代以降とでは停滞の原因が異なり、90年代はバブル後遺症で金融機関、企業、家計のバランスシートが毀損(きそん)して経済活動の足を引っ張った「バランスシート仮説」が有力なのに対して、00年代以降はバランスシートが改善したにもかかわらず、人々の長期的な期待が改善せず、「悲観的な期待形成」が長期停滞の原因だと考える。

 本書の前半では、利用可能なパネルデータを駆使した着実な実証分析で、企業の設備投資が収益に必ずしも敏感に反応しなかったことや長期的な経済見通しの改善が設備投資の増加要因として重要であることを定量的に示している。企業の設備投資が低迷した悲観的期待の原因は、消費の成長率が低いことにある。

 本書の後半では、家計の意識調査のデータなどから、消費の低迷の原因を非正規雇用の増加と年金制度の不信感に求める。家計が公的年金制度の脆弱(ぜいじゃく)性を認識して、消費を抑制し予備的動機での貯蓄を増大させたことが、結果として企業の設備投資の保守化を招いたと分析する。

 夫婦ともに正規雇用として働ける環境が整えば、それが恒常的な所得の増加をもたらして消費が拡大できるし、また、公的年金制度の信頼性が確立すれば、将来不安を軽減して消費に寄与する。こうした対応で消費が長期的に増加すると、企業の設備投資も拡大し、日本経済は停滞から脱却できると説く。

 期待形成の重要性は従来から指摘されていたが、本書は財務データとともに意識データなども活用した着実な実証分析に基づいた議論を展開している。定量分析には技術的な面もあるが、全体的に叙述は平明であり、論理的な筋道も明快で読者を引きつける。技術的な議論を飛ばしても十分に読み応えがある。日本経済の停滞メカニズムを理解し、それからの脱却の方策を考える上できわめて有益な貢献といえるだろう。

 ただし、本書の処方箋は理想であるものの、非正規から正規への雇用転換をマクロ経済全体で進めるには、企業の負担が重そうだし、年金の将来像が明確になっても、少子高齢化社会で若い世代ほど負担増で給付減になるという厳しい年金財政の現実を回避することは難しい。日本経済停滞の原因が解明されたとしても、その処方箋を実現するにはハードルが高そうである。

(井堀利宏・政策研究大学院大学特別教授)


 ■人物略歴

おがわ・かずお

 1954年生まれ。神戸大学経済学部卒業後、同大学経済学部助教授などを経て2017年より現職。著書に『大不況の経済分析』『「失われた10年」の真実』などがある。

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