『都市危機のアメリカ 凋落と再生の現場を歩く』 評者・高橋克秀
著者 矢作 弘(龍谷大学研究フェロー) 岩波書店 3200円
再生のヒントは歴史にあり 変容する都市を現地リポート
米国大統領選では前回も今回も中西部のラストベルト(赤さび地帯)が主役だった。前回はトランプ氏が白人労働者の支持を得てラストベルトを制したことが僅差の勝利の要因だった。今回はバイデン氏がここを奪還して当選を確実にした。ミシガン、ウィスコンシン、オハイオ、ペンシルベニアなどにある工業都市は19世紀に勃興し産業革命をけん引した。豊富な石炭と鉄鉱石は水運や鉄道で集散され、製鉄を中心に工作機械や自動車産業が発展した。しかし、1950年代以降は脱工業化・郊外化と国際競争の波の中で衰退が始まり、ダウンタウンは空洞化して一時はネクロポリス(死の都市)とさえ言われた。
しかし、著者の矢作氏は現地での定点観測からネクロポリスはよみがえりつつあると明言する。かつて自動車産業の首都として栄華を極めたデトロイト。2013年には市の財政が破綻し、お先真っ暗かと思われたが、今や都市再生のモデルとなっている。そのきっかけは地元愛に燃えた起業家ダン・ギルバート氏が都心の荒廃したビルを買いまくり、リノベーションしてスモールビジネスと郊外に逃げていた企業を呼び込んだことに始まる。次第に都心のビルの窓辺に明かりがつくようになり、夜の街を歩けるようになった。街路にカフェやアートスタジオが並ぶようになりレストランも増えた。昼間はビジネス街の広場に屋台が並ぶようになり、にぎわいが戻ってきた。都心の住環境が改善されて人口も下げ止まった。
矢作氏は「都市は有機体である。その存在は歴史に規定されている。したがって成功する再生の道筋も、歴史の枠組みの中で育まれる」という。歴史遺産とは、たとえば、魅力的なダウンタウン、安定した居住区、歴史的建物、公園、美術館、ウオーターフロント、研究型大学、先端医療、製造業の豊かな歴史などを指す。デトロイトでは、見捨てられていた豪奢(ごうしゃ)な旧ミシガン中央駅をフォードが買い取って研究センターに改修し、5000人が働く研究センターによみがえらせた。
現在、ニューヨークやサンフランシスコのように家賃が高騰して住環境が悪化した先端都市から創造的技術者がラストベルトに流れ込んでいる。こうした新住民は民主党を支持する傾向があり、今回バイデン氏がラストベルトで勝利したひとつの要因でもある。
本書は練達のジャーナリストが街を歩いて見て聞いて書いた臨場感あふれる一級の都市論である。
(高橋克秀・国学院大学教授)
■人物略歴
やはぎ・ひろし
横浜市立大学卒業後、日本経済新聞ロサンゼルス支局長、編集委員などを経て現職。『大型店とまちづくり』『「都市縮小」の時代』をはじめ米国の都市に関する著作、翻訳書が多い。