『超電導リニアの不都合な真実』 評者・新藤宗幸
著者 川辺謙一(交通技術ライター) 草思社 1700円
リスク、課題を綿密調査 中央新幹線構想の批判的検討
超電導リニアによる中央新幹線は2027年に東京─名古屋間で営業運転を開始し、時速505キロで東京と名古屋を40分で結ぶという。その後、大阪まで延伸し東京─大阪は67分となる。まさに「夢の超特急」だが、本書は総工事費9兆300億円に上る巨大事業の課題とリスクを総合的に論じた労作である。
1987年、JR東海は国鉄時代の超電導リニアの研究をもとにリニア対策本部を設置した。11年5月20日に国土交通大臣は、JR東海を超電導リニア中央新幹線の建設・営業主体に指名し、プロジェクトは本格的に始動する。だが、著者は超電導リニアに潜む課題を重視する。
超電導リニアの実用性を大きく左右するのは、「クエンチの発生」だ。コイルが超電導状態から常電導状態に遷移してしまい、電気抵抗が「ない」状態から急に「ある」状態になる現象だ。これが起こるとコイルが急激に発熱し、超電導磁石は強い磁界を発生できなくなるばかりか、コイルを冷却しているヘリウムが液体から気体になってしまい、正常な走行ができなくなる。山梨実験線でも発生している。クエンチの発生要因は完全に解明されていないから、メンテナンスを頻繁にする以外にないが、果たして可能か。ヘリウムは100%輸入に頼っており、しかも枯渇化の危機にある。ヘリウムの安定的な入手が困難ならば、超電導リニアは営業運転に導入できない。
こうした超電導リニア技術の中枢に加えて、長大なトンネルとその安全性、コストやエネルギー消費量も大きな課題だ。著者は山梨実験線の乗車経験をもとに、いわゆる「耳ツン」をはじめ揺れの大きさと車内歩行の難しさ、トイレの設置問題なども指摘する。超電導リニアが乗り越えるべきハードルは極めて高い。
超電導リニアが計画されたのは、3大都市圏を一体化させるスーパー・メガリージョンが追求されていた時代である。だが、いまやこうした国土形成に疑問がもたれている。また、新型コロナウイルス感染症の拡大は、仕事の方法に変化をもたらした。ビジネス客に大きく依存するJR東海の経営悪化は避け難い。
著者は、超電導リニアの計画を中止すべきだと、大胆に提言する。国土の比較的平坦で環境への負荷の少ないアメリカやヨーロッパに技術移転するのも一方法であり、またこれまでの過程で開発された技術を他の分野で生かすこともできる。
巨大プロジェクトを「中止」するのは容易ではなかろう。だが、真剣に考えるべき時代といえよう。
(新藤宗幸・千葉大学名誉教授)
川辺謙一(かわべ・けんいち) 1970年生まれ。東北大学大学院工学研究科修了後、メーカー勤務を経て独立。高度化する技術の一般向け紹介を得意とする。著書に『日本の鉄道は世界で戦えるか』『東京道路奇景』など。