『WEAK LINK コロナが明らかにしたグローバル経済の悪夢のような脆さ』 評者・土居丈朗
著者 竹森俊平(慶応義塾大学教授) 日経BP 1800円
不信感、孤立主義、自信過剰 危機対応妨げる弱点を分析
新型コロナウイルス感染症が、今日の社会経済構造の最も「弱い輪(Weakest Link)」を、図らずも明らかにした。その最も弱い輪は何か。本書では、新型コロナウイルスの感染拡大直前からのグローバル経済の難点を、歴史的視座も交えて、明快に描写している。新型コロナウイルスに対する初期の対応は、ほぼ100年前の第一次世界大戦の発端となったサラエボ事件のときと酷似していることを、本書で改めて思い知らされる。ささいな出来事とやり過ごせると思いきや、これがその後重大事に発展して、収拾がつかなくなってしまうという様である。
パンデミックに対する迅速な対応と成功を不可能にするものは何か。不信感、孤立主義、自信過剰の三つである。本書は、その本質に迫る。目下感染の第3波に直面するわが国で、感染拡大を抑えきれていない要因を考える上で、示唆に富んでいる。
確かに、パンデミックは人的接触を断ち切れれば抑えられる。しかし、過去の事例もそうだが、今般でも、さまざまな社会的理由があって、適時適切に人的接触が断ち切れない事情がある。なぜ断ち切れなかったのかと後知恵的に言うのは簡単だ。しかし、今なら果断に対応できるかと問われれば、本書からもその難しさがわかる。
本書の一つのクライマックスは、パンデミックに際する自信過剰についてである。新型コロナウイルス感染症に対する英国の事例を紹介している。英国には、感染症の学問的研究が蓄積され、素晴らしい伝統が確立している。感染症の数理モデルも洗練されている。それなのに、欧州で最多の死者数を記録しているのはなぜか。
著者は、自信過剰の構造問題に、その主な一因を見いだす。英国で感染症の最初の死者が出る前日、世界最高の人材を擁し、数理モデルの予測力も信頼できるから、今後の動向は予知できて、政府の介入はまだ先だ、との旨を、英国政府の最高医療責任者の博士は国会で証言していた。しかし、数理モデルの予測は、信頼できるデータがなければあてにならない。新しい感染症では、豊富にデータが得られるわけではない。
感染という点では、連鎖的に金融機関が破綻する金融危機はパンデミックと似た現象で、経済的にも教訓が生かせる。
鎖の強さは、最も弱い輪によって決まる。コロナ後の米中関係やデジタル・デバイド(情報格差)などにも、同じ視点が有効であることを実感する書だ。
(土居丈朗・慶応義塾大学教授)
竹森俊平(たけもり・しゅんぺい) 1956年生まれ。慶応義塾大学卒業。同大学院経済学研究科修了。米ロチェスター大学留学等を経て現職。専門は国際経済学。『経済論戦は甦る』『資本主義は嫌いですか』など著書多数。