現役著名作家の電子書籍化が加速=永江朗
これまで自作の電子書籍化に比較的消極的だった現役の著名作家の電子書籍市場参入が相次いでいる。
新潮社は村上春樹の小説8タイトル、25点を、2020年12月18日に配信開始した。ミリオンセラーとなった『1Q84』をはじめ、『海辺のカフカ』、長編としては最新作の『騎士団長殺し』なども含まれる。
村上春樹はこれまで『ノルウェイの森』など講談社で刊行したものや『一人称単数』など文藝春秋で刊行したものは電子書籍版が出ていたが、新潮社刊行のものはエッセーや対談集などに限られていた。
文藝春秋は佐伯泰英の時代小説123作を、21年4月6日から一気に配信すると発表した。佐伯は「文庫書き下ろし時代小説」というジャンルを切り開き、現在も毎月のように新刊を出す人気作家。今回、「居眠り磐音(いわね)」シリーズや「密命」シリーズなど、人気シリーズが電子書籍化される。
コミックではすでに紙版よりも電子書籍版のほうが売り上げが多くなっているが、文芸書ではまだまだ紙版のほうが多い。19年のコミック・雑誌を除いた電子書籍の市場は349億円で、紙の書籍6723億円に比べると圧倒的に小さい(出版科学研究所『2020年版 出版指標年報』)。それでも、出版社が電子書籍に力を入れるのは、今後の成長を期待できるものがデジタルしかないことと、作家の意識の変化があるからだろう。
そのきっかけとなったのはコロナ禍。20年の緊急事態宣言下では、それまで消極的だった森絵都や東野圭吾らが、自作の電子書籍化を“解禁”した。書店の営業自粛や市民の外出自粛のなかで、どのように作品を読者に届けるかを模索した結果である。
佐伯は文藝春秋のサイトに〈私は作家として最後まで電子書籍には手を出すまいと思ってきた。(中略)だが、予想外に電子書籍が存在感を増しているではないか。そして、コロナ禍、出歩くのも難儀な世の中が到来した〉とコメントを寄せている。
菅政権の感染症対策は後手後手に回り、いつ流行が収束するのかまったく見通しが立たない。電子書籍の需要は高まるばかりだ。
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