『ドキュメント 日銀漂流 試練と苦悩の四半世紀』 評者・黒木亮
著者 西野智彦(テレビプロデューサー) 岩波書店 2500円
取材経験豊富な観察眼が語る 激動の中央銀行史
日本の政府債務は今やGDP(国内総生産)の266%(国際通貨基金算出)という未曽有の水準に達し、制御不能の恐怖を抱かせる。それでもなお日本銀行は資金供給を続けている。
なぜこのような事態になってしまったのか? TBSで長年、日銀や財務省の取材に当たってきた著者は、豊富な取材と、客観的かつ公平な記述で、今、多くの日本人が切実に抱く疑問に回答を与える。
日銀は、速水優総裁時代(1998~2003年)に、ゼロ金利政策、長期国債の買い入れ(量的緩和政策)、銀行の不良債権問題軽減のための銀行保有株の買い取りを始めた。次の福井俊彦総裁時代に、ABS(資産担保証券)の買い取りや量的緩和拡大へと進み、その次の白川方明総裁時代は、リーマン・ショックや東日本大震災等を乗り切るため、社債・CP(無担保約束手形)・ETF(上場投資信託)の買い入れ、長期国債の買い増し、貸し出し増加支援のための資金供給などを行った。
日銀が異様とも言える量的緩和に突入したのは、13年に就任した黒田東彦現総裁の時代だ。自らの経済理論に絶対の自信を持ち、アベノミクスを支持する黒田氏は、「バズーカ」と異名を取る、けた外れの量的緩和で長期国債、ETF、REIT(不動産投資信託)の買い取りを急増させた。その結果、20年8月末時点で、日銀の総資産は白川総裁時代の5倍超の約683兆円に膨れ上り、東証1部上場株式の5%超を保有する異常事態となった。白川総裁の時代まで意識されていた、量的緩和の出口(解除)のタイムスケジュールは雲散霧消したかに見える。
そうした日銀の動きは、もちろん景気と株価を浮揚し、選挙で勝つことを至上命令とする政権の要請あってのことだ。本書には、この間の日銀と政権のせめぎ合いが時系列で詳述されている。
本書を読むと、日銀の行動はその時々の経済情勢に左右されざるを得ないことは一応納得できる。しかし近年は、大切な視点が、政府と日銀に欠けていたのではないかという疑念が拭い去れない。それは量的緩和の出口戦略、成長戦略、公的資金の効果的な使い道などである。たとえば、13兆円近くを投じた新型コロナ対策の国民一律10万円給付は、どれほどの意味があったのか?
本書が日銀を通して描くのは、この四半世紀、“漂流”し続けてきた日本の姿だ。提示された冷厳な事実をどう受け止めるかは読者に委ねられており、黙示録的な重みがある。
(黒木亮・作家)
西野智彦(にしの・ともひこ) 1958年生まれ。慶応義塾大学卒業後、時事通信社、TBSテレビで日本銀行、首相官邸などの取材を担当。「筑紫哲也 NEWS23」の制作プロデューサーを務めた。著書に『平成金融史』など。