経済・企業

「万人受けしないビール」をキリンが開発した深い理由

    「ビアホール・ハートランド」つた館の店内
    「ビアホール・ハートランド」つた館の店内

    バブル華やかなりし1986年のこと。

    当時、約6割のシェアを持っていたキリンは、それ以上のシェアアップを求めていなかった。独禁法によって、会社分割の恐れがあったからだ。

    その状況でキリンが投入した新商品「ハートランド」には、マーケティングの常識を覆すさまざまな仕掛けが施されていた。

    「ハートランド」「一番搾り」ほか、さまざまなヒット商品を開発し、キリンビバレッジ社長に上り詰めた前田仁(ひとし)氏の逸話を、ジャーナリストの永井隆氏が語り継ぐ本連載。

    その第3回目は「ハートランド」で用いられた「異端」のマーケティング戦略についてご紹介する。(前回はこちら

    スバルのマーケティング戦略

    1986年発売の「ハートランド」の販売戦略は、一言でいえば「量ではなく、深さ」。

    とにかく大量に売ることが至上命題だった当時のマーケティングと比べると、極めて異質な方法をとっていた。

    話は少し脱線するが、自動車会社スバル(SUBARU)の販売戦略について触れておきたい。

    スバルの国内シェアは概ね3%だ。アメリカにおいても同じくらいである。

    世界シェアとなると1%程度。

    比較的小規模である一方、スバルには”スバリスト”と呼ばれる熱狂的なファン層がいる。

    スバルは、その少数のファン層にフォーカスした商品戦略をとっている。

    スバルブランドの人気を支えるのは、伝統となった水平対向エンジンのほか、業界に先駆けて実現した運転支援システム「アイサイト」など、同社が誇る独自技術だ。

    北米国際自動車ショーでSUBARU(スバル)が公開したスポーツカー「STI S209」=米デトロイトで2019年1月14日、中井正裕撮影
    北米国際自動車ショーでSUBARU(スバル)が公開したスポーツカー「STI S209」=米デトロイトで2019年1月14日、中井正裕撮影

    一方、マーケティングにおいても、スバルは独自路線をつらぬく。

    スバルは、定性的な調査手法の「エスノグラフィー」を駆使しているといわれる。

    エスノグラフィーとは、調査する対象者の内側に入り込んで観察し、いわゆる「インサイト」(消費行動などの核心)を見いだしていく手法だ。

    消費者アンケートなどの定量的な調査手法とは真逆の手法である。

    こうした「インサイトマーケティング」は、日本ではまだまだ馴染みが薄いものだが、欧米では広く使われている。

    「万人受け」する商品は「コアなファン」から敬遠される

    2010年から新型レガシィ発売の14年までの5年間、スバルのある技術幹部は、アメリカの一般家庭を訪問していた。

    そこでスバル車がどう使われ、ユーザーからどう思われているのかを調査していたのである。

    調査時にはスバルの社員であることを伏せていたという徹底ぶりだった。

    調査の結果、弁護士など富裕層や、アーティストなどから「クールだ」という支持をうけていたことがわかったという。

    つまり、スバルのクルマは一部のコアなファンに売れていたのだ。

    一方、スバルのレガシィとは違い、トヨタのカムリ、ホンダのアコード、現代自動車のソナタ、フォードのフュージョンなどは、「万人受け」を狙った車だ。

    こうした車の販売戦略では、できるだけ多くの台数を販売することが求められる。

    だが、「万人受け」するものは「コアなファン」からは得てして敬遠されがちである。

    「万人受けは没個性となり、凡庸に見えてしまう」とスバルの首脳は捉えていたという。

    量をねらうより、質をねらう

    さて、「ハートランド」もスバル同様に「コアなファン」の獲得が至上命題だった。

    シェアを拡大すると独禁法に牴触するため、「量」をねらう必要がなかった。そのため「質」をねらったのである。

    その「ハートランド・プロジェクト」において画期的だったのは、ビールだけでなく、約200席もの「ビアホール・ハートランド」という店舗をつくったことだった。

    「ハートランド」の瓶に「キリン」のロゴや、トレードマークの「聖獣」麒麟のイラストがなかったように、「ビアホール・ハートランド」にも「キリン」をアピールする看板などはなかった。

    「ビアホール・ハートランド」穴ぐら館入り口。看板や広告は掲げられていない
    「ビアホール・ハートランド」穴ぐら館入り口。看板や広告は掲げられていない

    ぱっと見ただけでは、キリンの直営店舗と気づかないような作りになっていた。

    それゆえ、「ビアホール・ハートランド」に来店した客は、その店がキリンの直営と知らないまま、素直な感想をスタッフに語ってくれたのである。

    そうして得られた「インサイト」は、ハートランドの販促をはじめ、ほかの商品開発にも活用されることになった。

    スバルが得意とする「エスノグラフィー」と同様の手法が、「ビアホール・ハートランド」を舞台に展開されたのである。それも、今をさかのぼること30年以上前、80年代の取り組みだった。

    ハートランドプロジェクトのメンバーの一人、太田恵理子は、次のように語る。

    「ハートランドは、日本企業のマーケティングにおいて、エスノグラフィー活用のはしりでした 」

    太田は東京大学の文学部社会心理学科を83年に卒業してキリンに入社。前田より10期下だった。

    太田は現在キリン社内の調査機関、キリン・ウェルビーング・デザインラボのシニアフェローという肩書きで消費者の生活行動調査を担っている。

    カルチャーの発信基地となって、ブランドを向上

    「ビアホール・ハートランド」ではさまざまなイベントが開催されていたことも特筆に値する。

    前回も説明した通り、「ビアホール・ハートランド」は、ニッカウヰスキーが使っていた原酒貯蔵庫跡「穴ぐら」と、我が国の弁護士業の草分けである増島六一郎が居住した、蔦の絡まる4階建ての洋館「つた館」からなる。

    その「つた館」で、音楽や舞踏、演劇などのライブイベントが開催されていた。

    伝統的なものから、前衛的なものまで、ジャンルは問わず、ありとあらゆるイベントが定期的に行われていた。

    ライブイベントだけでなく、現代アートを中心とした美術展示も行われていた。「つた館」のほか、「穴ぐら」にも美術作品が常時展示され、企画展も行われていた。

    「ビアホール・ハートランド」穴ぐら館のスタイリッシュな店内
    「ビアホール・ハートランド」穴ぐら館のスタイリッシュな店内

    当時のアーティストたちから「ハートランド・ギャラリー」と呼ばれ、絵画や造形作家たちのネットワーク形成の場となっていたという。

    「ハートランド・ギャラリー」のカルチャーには、70年代の新宿で見られたようなアングラ色はなかった。

    かわりに、いかにも80年代らしい、洗練された都市のライフスタイルと、ポップでクールなカルチャーがそこにあった。

    ニューヨークやロンドンなどの先進カルチャーと交流しつつ、「トーキョー」を世界に発信する基地、それが「ハートランド・ギャラリー」だった。

    前田とともにハートランド・プロジェクトを手がけたしりあがり寿

    こうした「ハートランド」の販売戦略を仕掛けたのが、前田仁だった。

    プロジェクトには、広告代理店の電通も参加していた。

    しかし、構想から、計画作成、実行、そして店舗開設と運営まで、「ほとんどは”ジンさん(前田のこと)”がやった」とかつてのキリン幹部は打ち明ける。

    ハートランド
    ハートランド

    ハートランド・プロジェクトのメンバーだった望月寿城は次のように言う。

    「ビアホールをつくる構想が浮上し、候補地を探すため、都内や横浜を、前田さんと一緒にあちこち歩きまわりました。横浜の赤レンガ倉庫は、当時はキリンの持ち物ではありませんでしたが、刑事ドラマの銃撃シーンなんかによく使われていて、候補地として足を運んだことがあります」

    望月は多摩美術大学を81年に卒業し、キリンのデザイナーとして働いていた。

    73年入社の前田からすれば、年の離れた弟のような存在だったろう。

    望月はその後94年にキリンを退社し、独立する。漫画家「しりあがり寿」としての活動のほうが今となっては有名だろう。

    さて、あちこち候補地を探し回ったあげく、前田は「ビアホール・ハートランド」の場所を「六本木再開発地区」に決めた。

    「六本木再開発地区」とは、現在は六本木ヒルズやテレビ朝日が建っているあたりを指す。

    その地域に当時残存していた建物を改修して使うことにした。

    「ハートランド」はもともとテレビ朝日が放映していた料理バラエティ番組「愛川欽也の探検レストラン」用に登場し、旧局舎内にテレ朝がつくったレストラン「たべたか楼」でのみ提供されていたビールだった。

    その「たべたか楼」があったテレ朝の旧局舎も同地区内にあった。(つづく)

    永井 隆(ながい・たかし)

    1958年生まれ。フリージャーナリスト。現在、雑誌や新聞、ウェブで取材執筆活動を行う一方、テレビ、ラジオのコメンテーターも務める。 主な著書に『移民解禁』(毎日新聞出版)、『アサヒビール30年目の逆襲』『サントリー対キリン』『EVウォーズ』(日本経済新聞出版社)、『究極にうまいクラフトビールをつくる』(新潮社)など。

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