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日本が強い軽自動車のEV化が進むとEVの劣勢をニッポンが挽回できるワケ

1970年の大阪万博でスズキが走らせた電気自動車。巨匠ジウジアーロがデザインして69年に発売したキャリーバンがベース(撮影:永井隆)
1970年の大阪万博でスズキが走らせた電気自動車。巨匠ジウジアーロがデザインして69年に発売したキャリーバンがベース(撮影:永井隆)

 価格の手ごろさを武器に日本独自の規格として普及してきた軽自動車が、ガソリン車のEVシフトでどうなるのか関心を集めている。

 遅ればせながら、菅義偉政権が2035年までに全ての新車販売を電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)などの電動車に転換する方針を掲げたからだ。一部のメディアは「軽自動車が電動化すると価格が上昇して魅力を失うのでは」という懸念を報道しているが、それは正しい未来を見通していると言えるのだろうか。むしろ軽自動車のEV化は複雑な自動車税の体系をリセットする好機にもなりうる。

安価なEVはできる

 軽自動車だろうと登録車だろうと、HVになれば価格は上昇する。ハイブリッドのユニットが付加されるなるためだ。

 一方、35年までに主流となっていくEVならば、話は別だ。

 軽自動車の場合、現在と同じくガソリン満タンで400㌔を走らせようとすれば、リチウムイオン電池(LiB)を多く搭載しなければならず、高価な車両となってしまう。

 しかし、1日100㌔未満の走行なら安価なEVはできる。電池の搭載量を減らせるからだ。ガソリン代よりも、電気代の方が安い。何より、ガソリンスタンドに行く必要もなくなる。

 電池が減れば、充電時間は短くなり、車両は軽量化でき、走行性能に加えて燃費に当たる電費性能も向上する。

「EVはトルクが弱い」は間違い

 EVは発進時からハイトルクなので、悪路や山道にも向く。

 つまり、スタンドが撤退したような山間の限界集落でも、軽のEVは有効なのだ。

 ただ、軽を含めた大規模かつ急激なEVシフトにより、日本では逆に二酸化炭素(CO2)が増えてしまう心配がある。東日本大震災以降、電源は石炭火力の比重が増した。EVは走行中に排ガスもCO2も出さない。だが、発電の燃料は化石燃料だ。EVが普及するほどに発電量は増えCO2は増加していく。原発大国フランスから送電してもらえる欧州とは事情が異なるのだ。

2009年に三菱自が発売した軽EV「i-MiEV」。車体床下中央にバッテリーが配置されているのが特徴(撮影:永井隆)。
2009年に三菱自が発売した軽EV「i-MiEV」。車体床下中央にバッテリーが配置されているのが特徴(撮影:永井隆)。

環境にやさしい小型EVは軽に向く

 この点でも、日本は小さな電池を搭載し電力消費量の少ない軽などの小型EVを、むしろ積極的に普及させていくべきだ。

 必要とされる分だけこまめに充電し、その電気を大切に使っていく。電池のエネルギー密度は小さいけれど、エネルギーの伝達効率が高く、構造がシンプルなEVは、そもそも軽のような小さい車両に向く。

軽自動車の1日の走行距離は20㌔以下

 もう10年ほど前になるが、軽が中心のスズキが実施したユーザー調査では、「1日の走行距離が20km以下」が大半だった。つまりガソリン車からEVへと軽自動車を移行させるのは、難しくはないように思える。だが、現実には課題は多い。

 軽がEVとなれば、スマホのように自宅で毎晩充電する、という形にユーザーはライフスタイルを変えていく必要に迫られる。

 ガソリンエンジンに馴染んでいる、とりわけ高齢者が新しいテクノロジーであるEVを受け入れられるのか。都市部のマンションなど、自宅での充電が難しい環境もある。

 現実には1日に20㌔しか走行しなくとも、航続距離が落ちるのを嫌う人は多い。

東北大がダイハツの軽「コペン」をベースにつくったEV。リチウムイオン電池は超低コストで量産したマンガン系。型式認証を経て公道を走行している(撮影:永井隆)
東北大がダイハツの軽「コペン」をベースにつくったEV。リチウムイオン電池は超低コストで量産したマンガン系。型式認証を経て公道を走行している(撮影:永井隆)

「地方の足」「農作業の友」のEVに優遇税を!

 そこでポイントとなるのは、自動車の税制だ。

 35年までに新車販売をすべて電動車にする日本政府の方針は、複雑になりすぎている自動車の税体系をリセットする絶好機である。自動車の電動化に対する政府の本気度は試されていく。

 基本的には、”地方の足”あるいは”農作業の友”といった「必要とされる」小さなEVは優遇し、嗜好性の高いスポーツタイプや高級車のEVには税負担を重く課すべきだ。

自動車業界への忖度で入れたHV

 日本政府は電動車にHVを入れた。これは自動車産業への"忖度”からだろう。しかし、35年までにHVは電動車から段階的に除外されていく可能性は高い。

 世界の環境規制を見れば、動力に化石燃料を使うHVはすでに外されている。マイルドHV(エンジン駆動時のアシストにモーター利用)、ストロングHV(エンジン停止時でモーターのみ駆動あり)の順に外れて、場合によっては、PHV(プラグインハイブリッド車)も除外され、緊急時に発電を行うためのエンジンを積んだレンジエクステンダーなら一部は残るのかも知れない。

 米カリフォルニア州や中国だけではなく、日本においてもいずれそうなるだろう。

揮発油税は消えていく運命

 そもそも、液体の化石燃料は、航空機のためにとっておく必要がある。二次元で走行する車両はEVかFCV(燃料電池車)になっていかざるを得ない。

 こうなると、国税であるガソリン税(揮発油税、地方揮発油税)がなくなっていくなど、電動車時代の新しい税体系は実は求められていく。

自動車販売の4割を占める軽自動車の聖域

 また、国内新車販売の約4割を占める軽自動車は、その多くが修理工場などの業販店で販売されている。

 軽自動車2位のスズキなら、販売の8割は業販店経由だ。業販店は車両販売ではなく車検などのアフターサービスで利益を得ている。EVになるとガソリン車とは違う保守点検、修理技術は必須となっていく。こんな変化も待ち受ける。

量産型EVで先陣を切っていた日本だが…

 
 

 日本の量産型EVは、09年に発売された三菱自動車工業の「i-MiEV(アイ・ミーブ)」、とスバルの「プラグイン ステラ」と、いずれも軽から始まった。

 現在、米テスラをはじめEVの主要プレーヤーにはベンチャーが多いが、直近では米GMも出資する中国の「上汽通用五菱汽車」が約50万円で航続距離120㌔の小型EV「宏光MINI(ミニ)」を商品化して、ヒットさせている。

 つまり、世界の中には小さなEVの需要は、たくさんある。

 スズキは、「小さく、安く、軽い、電動車両開発を急いでいる。ポイントは電池」(ススキの長尾正彦取締役常務役員)という。

軽自動車EVは日本の劣勢挽回のチャンス!

 日産・三菱自連合は23年までには軽のEVを商品化させていき、トヨタは2人乗りEVを昨年末発売した。

 一方、大手と異なり動きの速いスタートアップのテラモーターズ(東京・千代田区)は、14年に参入したインドの電動三輪車(eリキシャ)市場でトップに立っている。

インド都市部のラストワンマイル・モビリティ、農村部での公共交通インフラ、低所得層の所得改善のツールとしてインド社会に溶け込んだテラモーターズのEリキシャ。(時速25km、航続距離は1回の充電で顧客を乗せて約80-100km)
インド都市部のラストワンマイル・モビリティ、農村部での公共交通インフラ、低所得層の所得改善のツールとしてインド社会に溶け込んだテラモーターズのEリキシャ。(時速25km、航続距離は1回の充電で顧客を乗せて約80-100km)

 軽をはじめ小さなEVは、リチウムイオン電池の開発国である日本にとって、EV市場での劣勢を挽回していく活路になる。

(永井隆・ジャーナリスト)

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