水素の本命がトラックでもトヨタが2代目ミライを投入したワケ
トヨタ自動車が、水素を燃料として走行する燃料電池車(FCV)の2代目MIRAI(ミライ)を発売した。開発責任者であるチーフエンジニアの田中義和氏から「ミライ」の位置づけや水素社会未来図などを聞いた。(聞き手=永井隆・ジャーナリスト)
――2代目ミライがこの12月に発売されました。トヨタは2002年末に政府などに燃料電池車(FCV)を納車し、14年末に世界初の量産型FCVの初代ミライを発売しました。初代に続き2代目の開発責任者を務めたいまの思いは。
田中 ホッとしているのが正直なところです。脱炭素に向けての水素社会を実現するためのきっかけが2代目ミライです。単に車両を売るだけではない。水素というエネルギーの選択肢を、世界に提示していく。2代目の開発期間は約5年でした。
年3万台の量産にかじ切り
--初代と2代目の大きな違いは。
田中 生産能力が年3万台と10倍に増えたこと。初代は熟練による手作業で年3000台が限界。累計販売台数は世界で1万1000台に過ぎなかった。2代目は元町工場(豊田市)でクラウンと混成生産し量産で大幅な原価低減が可能となった。だからこそ、今回が実質的なFCVプロジェクトのスタートと言えるのです。(編集部注:価格は初代が723万円、2代目が710万円~)
「技術の前ではみな平等です」
--技術や生産、調達といった機能別の強さはトヨタの特徴ですが、半面で強烈なセクショナリズムを生む。水素という未知なる分野ではその強さは役に立ちません。
田中 豊田市の本社に「パワートレイン共同開発棟」が13年に建設され、生産技術と研究開発のエンジニアたちが8階の同じフロアで共に働くようになりました。部門を超えて目標に向かうカルチャーが醸成され、スタック(電気を発生させる心臓部)の開発が円滑に進んだと思います。
――上司として心がけたことは。
田中 密なコミュニケーションです。部下たちから提案してもらい、最終的にジャッジするのが私の仕事です。このとき、判断した理由を必ずみんなに説明しました。判断が間違った場合、変更しやすいからです。技術の前ではみな平等、役職は関係ありません。
水素は鉄道、船にも転用できる
--以前からトヨタは、トラックやバスなどの大型車両はFCV、軽自動車のような小さな車には電気自動車(EV)が向くと位置づけていました。この考えは変わりませんか。
田中 変わりません。ただし、トラックやバスなど商用車のFCVでは、多くの人々に認知してもらうのは難しい。乗用車ならば理解してもらいやすいからミライをつくった。FCVのミライは、水素エネルギーへの突破口です。新型ミライでは、乗用車以外にも利用できるFCシステムの基盤を開発しました。トラックやバスだけではなく、鉄道や船舶などの大きな乗り物にも転用していく狙いがあります。(編集部注:トヨタ自動車は日野自動車とFCVトラックを米国で共同開発している)
--EVの心臓部であるリチウムイオン電池(LIB)はエネルギー密度(一定の容積・重量当たりに貯められるエネルギー量)が小さい半面、エネルギーの8割以上を有効に使える。この特性を生かせるのは、軽自動車のような小さい車では。
田中 電池の搭載を減らせば、軽量化できて、車両価格も下げられます。
(編集部注:トヨタは21年年明けにも2人乗り小型EVを発売する見通し)
EVトラックの弱点
--米テスラはEVトラックを開発しています。
田中 大型車には大量の電池が搭載されます。夏場にエアコンなどにより電力の使用量が供給量を超えそうになるケースは何度となく経験してきました。大型商用車が一斉に大量の電気を必要とすると、電気の供給量を超えてしまう恐れがある。さらにトラックでは電池が大きくなるほど充電に時間がかかる。稼働できない時間をなくすことが重要な商用車にとっては、デメリットです。
現在は電解質が液体のLIBですが、開発中の全固体電池に置きかわっても、商用車が使用する電力量は変わりません。電力が集中して消費される現象が起こってしまう。この点、FCVは外部給電に一切頼らない。車上で走行しながら発電します。
エネルギーは多様化こそ重要
--日本ではEVが普及するほど石炭火力発電のCO2が増える心配がある。ただ、FCVも99.97%の高純度な水素が求められるため、天然ガスから水素を改質するケースが多く、化石燃料の使用量が増えるのではないですか。
田中 一つは再生可能エネルギーの利用です。福島県浪江町に、20年春にメガソーラーで電気を利用し水の電気分解から水素をつくる、世界最大のプラントができました。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)、東芝エネルギーシステムズ、東北電力、岩谷産業が建設しました。水素は圧縮水素にして東京などに運ばれます。水素は運搬ができ、液化水素として運ぶこともできます。カナダの水力発電で余剰となった電気を、はるばると日本に輸出することはできません。しかし、電気分解して水素にすれば可能になる。 エネルギーは多様にあってこそ、供給は安定し安全性は高まります。
中国が輸入を拒否したミライ
--自動車の最大市場は中国ですが、中国政府は初代からミライの輸入を認めていません。理由は水素タンクが樹脂でできているためです。2代目の輸出は認められそうですか。
田中 承認をとろうと、現在調整しています。ミライを含め、FCVの大型商用車は米国や中国など広い国土に向きます。ミライはゼロエミッションでありながら短時間の充填で850キロ(初代より3割増)の長距離を走行可能です。
ドイツをはじめ欧州、米カリフォルニア州やカナダ、中国と世界は水素へとかじを切っています。サウジアラビアにも21年からミライの輸出を始めます。日本国内では、トヨタ単独ではなく多くの会社との協力は不可欠となります。
――燃料電池が開発されたのは19世紀。古くて新しいエネルギーです。水素社会は本当に到来するのでしょうか?
田中 わかりません。それは社会が決めます。しかし、我々は必ず来ると信じて、難しいことに挑戦を続けていきます。
(国内の水素ステーションは135カ所。資源エネルギー庁の水素・燃料電池戦略ロードマップでは2025年には320カ所、2030年には900カ所相当が目標。FCV普及は25年で20万台、30年で80万台を想定)