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超安価EV 「45万円」の宏光MINI 競合テスラとEV市場開拓=湯進

超小型EV「宏光MINI」は都会の若者にアピール(同社ホームページより)
超小型EV「宏光MINI」は都会の若者にアピール(同社ホームページより)

 中国は2020年10月末、「省エネ・新エネルギー車(NEV)技術ロードマップ」を発表した。35年をめどに新車販売のすべてを環境対応のエコカーにする方針だ。具体的には、35年時点で販売される車の半分はEV(電気自動車)を含むNEV、半分はHV(ハイブリッド車)とし、従来のガソリン車を全廃する。この路線は自動車業界で波紋を広げている。省エネ技術や環境保護を重視するこのロードマップは、中国政府が目指す脱炭素社会の実現と軌を一にしており、EV販売拡大に追い風になりそうだ。(EV・電池・モーター)

 米EVメーカーのテスラは、上海「ギガファクトリー(工場)3」の稼働を皮切りに、中国市場の攻略に向けスタートを切り、存在感を急速に高めている。同工場で生産したモデル3の販売台数は今年1~10月に中国EV乗用車市場シェアの15%を占め、地場ブランドを大きく引き離している。

 人気の理由はブランド力と価格だ。イーロン・マスクCEO(最高経営責任者)の知名度に加え、抑揚のあるグラマラスなボディーライン及び自動運転機能を備えるハイテク性などが、「独高級車と遜色のないステータス性」と受け止められ、中国市場に浸透している。一方で、中国生産の「モデル3」は400万円弱から販売され、「手が届く高級車」として支持を得ている。また他社EVに比べ、残価率が最も高いテスラ車は、中古車市場で値崩れしにくいのも消費者に評価されている。

高級と廉価の二極化

 このテスラの独走に「待った」をかけているのが、「上汽通用五菱汽車」だ。同社は上海汽車(出資比率51%)とゼネラル・モーターズ(GM)(同44%)、五菱汽車(同5%)の合弁企業である。同社が今年7月に発売した超小型EV「宏光MINI(ミニ)」は、20年9~10月の中国EV市場で、2カ月連続で米テスラの「モデル3」を抑えて販売台数1位となった(図)。宏光MINIの好調が示すのは、中国EV市場で高級EVと廉価の小型EVの二極化だ。

 全長2・9メートル、全幅1・5メートルの同モデルは航続距離120~170キロメートルに過ぎない短距離移動向けの小型EVだが、驚くのは2・8万元(約45万円)という破壊的な価格だ。宏光MINIのスケールメリットを生かし、国軒高科やCATL(リン酸鉄リチウムイオン電池)、方正電機(モーター)、華域電動(制御機器)、松芝(エアコン)、福耀(ガラス)など中国大手サプライヤーから低価格で部品を調達できたことが大きい。

 近年中国政府は、NEV補助金を毎年削減し、対象車種の航続距離を18年の150キロメートル超から現行の300キロメートル超に引き上げた。これにより、短距離の小型EVは補助金の対象から除外され、その販売台数も減少の一途をたどっていた。

 一方で、富裕層や中間所得層向けの高級EVやSUV(スポーツタイプ多目的車)タイプの中・大型EVが人気を集めている。補助金に依存しない宏光MINIの好調により、今後、中国EV市場で高級EVと廉価の小型EVの両方で市場の拡大が予想される。

 政府は補助金支給や走行規制の緩和などでEV普及を後押ししてきたものの、計画通りの販売台数には至っていない。こうした中、政府は20年7月から農村部でのEV普及を目指す「新エネルギー車下郷」と呼ぶ新たなキャンペーンを打ち出し、EVメーカーに農村市場の開拓を奨励している。

 元々、農村部では「低速EV」の根強い需要が存在している。低速EVとは、一般的には鉛蓄電池を搭載し時速70キロメートル以下で走る4輪EVを示し、その価格帯は15万~50万円だ。農村部で幅広く利用されているため、販売台数は年間約100万台に上るとみられ、正規EVと遜色のない規模だ。

 低速EVは免許不要であり、免許取得の条件が厳しい中国では、農村部を中心に人気が高い。違法・低品質といったイメージの悪さが目立つものの、こうした背景から農村部で普及を始めたのが超小型EVなのである。

 そこに新たなビジネスチャンスを見据えて、戦略転換を急ぐEVメーカーも現れた。農村部向けの低速EV生産からスタートした雷丁汽車は自動車メーカーの買収を通じて、低速EVのグレードアップ車「Mengo(芒果)」を発売したほか、大手自動車メーカーの長城汽車は18年に超小型EVブランド「欧拉(ORA)」を投入し、100万円以下で販売している。

 宏光MINIも今年9月にはテスラのモデル3を追い抜き、10月も販売台数で2倍近い差をつけている。10倍の価格差がある2モデルが市場トップを争う状況から、市場ニーズの変化に素早く対応する地場企業の活力がうかがえる。

日独勢と衝突へ

 今後は、この高級EVと廉価EV市場の双方から、日独メーカーが得意とするミドルエンド(中間価格帯)のボリュームゾーンへの参入が活発化すると予想される。

 テスラは今年末に中国で第2工場を立ち上げる予定だ。また年間最大生産能力50万台の巨大工場ギガファクトリー3がいよいよ本格稼働し、来年にも小型SUV「モデルY」の生産を開始する計画だ。マスクCEOは9月の株主総会でギガファクトリー3の年間生産台数を今後100万台に引き上げる意向を示した。また、自社設計のリチウムイオン電池「4680」を搭載することで、車両コストを14%低減、航続距離を16%向上させ、3年後には価格が2・5万米ドル(約260万円)の低価格EVを投入する計画だ。

 部品の現地調達率の引き上げや生産規模の拡大によるスケールメリットが出れば、テスラの既存モデルの車両価格はさらに下がるだろう。そうなると、ハイエンド市場でモデルYがBMWやベンツなどの独系高級EVと競合する一方、モデル3がコストダウンを通じて独フォルクスワーゲンとトヨタ自動車の牙城であるミドルエンド市場を攻めやすくなる

 小売価格200万~350万円は中国自動車市場のボリュームゾーンであるが、これまでEVにとっては「難攻不落」のマーケットだった。手厚い補助金がなければガソリン車に対する競争優位を確立しにくい状況にあったEVだが、テスラの値下げ攻勢により、今後、中国地場企業が廉価車で市場に攻勢をかける動きも広がっていくと予測される。

 さらに、中国でのEV普及は、世界の自動車市場にも影響を及ぼす可能性がある。テスラは今年10月に中国産「モデル3」(約7000台)の欧州への輸出を開始した。仏ルノーは21年に中国産小型EV「ルノーシティK─ZE」がベースとなる「ダチア・スプリング」を欧州に輸出し、約120万円で販売する計画だ。大量生産に伴って部材の値下げも併せて進めば、業界全体のコスト低減も促される公算が高い。この流れが世界の自動車メーカーに波及すれば、世界の電動化の潮流は一気に加速することになるだろう。

(湯進・上海工程技術大学客員教授)

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