ホンダ渾身の量産EV「ホンダe」が欧州市場で「ルノーEVに大惨敗」のざんねんな理由
ホンダeが日本車として初めてドイツの2021年「カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。人と車のコネクティビティーを大切にし、「走るスマホ」とも呼べる新しいタイプの電気自動車(EV)を作り出した姿勢は高く評価されている。
しかし車は売れて初めて意味を持つ。いくら技術力を認められても、それを一般のユーザーが受け入れなければビジネスとしては成り立たない。日本では発売と同時に完売するほどの人気を見せたホンダeだが、主戦場とも言える欧州では仏ルノーとほぼ同じタイプの新型EVに圧倒的な差をつけられている。
世界で最もEVが売れているヨーロッパ
EVというと世界で最も売れているのが米テスラのモデル3だけに米国に注目が集まりがちだが、実際には世界で最もEV(プラグインハイブリッド車=PHVを含む)が売れているのはEU(欧州連合)諸国だ。今年上半期で41万4000台も売れている。次いで中国(38万5000台)、米国(11万1000台)。日本はわずか1万4000台だ。(EV Volumes.comデータより)
1台売ると100万円以上の赤字
またモデル別のEV売上台数を見ると、今年上半期に世界で最も売れたEVはテスラのモデル3で14万2000台、続いて仏ルノー「ゾーイ(ZOE)」(3万8000台)、日産「リーフ」(2万4000台)、独フォルクスワーゲン(VW)の「eゴルフ」(2万1000台)、中国BYDの「Qin Pro」(2万1000台)、韓国・現代自動車の「Kona EV」(1万9000台)、三菱自動車「アウトランダーPHV」(1万9000台)などとなっている。
こうしたなかでホンダが満を持して発表したホンダe。新感覚のEVとして発売前から非常に評判が高かった。欧州や米国の自動車メディアでも大きく取り上げられていた。
ホンダeが狙いを定めていたのはEU市場だ。そのためEUでは日本の450万円から、という価格よりも遥かに安い350万円程度、航続走行距離が長いハイスペックの車種(アドバンス)でも400万円を切る程度の価格設定となっている。
欧州はCO2違反で4兆円の違反金
ホンダeは日本での販売でも1台当たり80万円の赤字とされ、欧州での販売はさらに1台当たりの赤字幅は膨らむとみられる。それでもEU市場で力を入れているのは、来年1月から施行される排ガス規制で二酸化炭素(CO2)排出量が基準に満たない場合、違反金を自動車メーカーから徴収することが決定しているからだ。
車の走行1キロ当たりに許されるCO2排出量は95グラムまで。これを1グラム超える度に95ユーロの違反金となり、ある見積もりではこれが来年だけでEUに330億ユーロ(約4兆円)の収入をもたらす、とされている。
一方でCO2排出量が1キロ当たり50グラム以内の車に対しては「スーパークレジット」が与えられる。そのため自動車メーカーはEVやPHVなどのモデルを増やし、全体の平均で同95グラムを達成する必要性に迫られている。
ただし、まだEVの普及率がEUですら10%程度であり、違反金を逃れるのは難しい。
自動車メーカーの反発を無視したEU
EUの決定に対しては自動車メーカーからの反発も出ている。「無公害車両を作ることへのインセンティブがメーカーに与えられることなく、一方的に違反金を取られることに納得できない」という声や、「EVであっても製造時に出るCO2は内燃機関の車両と同じかそれ以上。発電で生じるCO2も考慮に入れるとEVが無公害とは言えない」「内燃機関の車両より割高なEVを消費者が選ぶのか。違反金が車両価格に上乗せされ、消費者にとっては不利になる」といった意見が出ている。
しかしEUの決定は覆らない。自動車メーカーは違反金を避けるためにEVへとシフトする必要性に迫られている。
ホンダeもこうした流れの中でEU市場に投入されることになった。
最大のライバルは仏ルノー「ゾーイ」
ホンダeはヨーロッパの町並みに合う小回りの利く車であり、運転して楽しい車だろう。しかし欧州にはホンダeにとってライバルとなるルノー「ゾーイ」が存在する。
ゾーイは今年になって欧州を中心に売上を伸ばしている車で、テスラのモデル3といえども今年上半期にはEU内で販売トップの座をゾーイに明け渡した。
Carsalesbase.comの数字によると、今年9月のEUでの販売台数はモデル3が1万5824台、ゾーイが1万995台、ホンダeはわずか684台だ。
編集部の取材によれば、ホンダeの欧州における年間販売目標は1万台。欧州では8月に販売を開始しており、9月末の欧州での累計販売台数は1578台。テスラのモデル3の月間販売台数の10分の1以下に満たない数字だ。このペースであればホンダeは欧州市場での年間販売目標は達成できるが、あまりに小さい。
ルノーは航続距離でホンダをぶっちぎり
一方、販売台数でホンダに10倍以上の差をつけるゾーイは全長約4メートル、全幅1.73メートル、全高1.56メートル。対するホンダeは全長3.89メートル、全幅1.75メートル、全高1.5メートルで、ほぼ同じ大きさだ。どちらも5ドアハッチバックである。ただしゾーイがフロントモーター、フロントドライブに対しホンダeはリアモーター、リアドライブ。
価格はほぼ同じだが、決定的な違いは航続距離。ホンダeが220キロ程度に対し、ゾーイは395キロ、と倍近い。
EVを甘くみたホンダの誤算
町乗りならばこの程度の航続距離でも問題ない、と割り切ったホンダのもくろみが裏目に出たといえる。やはり人々がEVに持つ不安感の第1は走行中にバッテリー切れを起こす、ということなのだ。また道の狭いEU諸国ではフロントドライブの方が取り回しがしやすい。ホンダの誤算はテクノロジーを集結させたややオーバースペック気味のインテリアがそれほど受け入れられなかった、という点だろう。
ゾーイのインテリアはシンプルで、ダッシュボードにデジタルインパネ、中央に大きなスクリーンが据えられている。
一方のホンダeは両端のパネルがサイドミラーの代わりを果たし、運転席の前一面に5つものパネルが並んでいる。機能としては優秀だし、先端的でもある。
ホンダはこうした技術を見せ、従来になかったEVを作り出すことに成功した。その内容そのものはテスラのモデル3に十分対抗出来るものだと感じる。
しかし、現在EVのトレンドは二分化している。
ハイスペックで継続走行距離も長いスポーティタイプのラグジュアリーカーと、価格を下げた量産型モデルだ。例えば来年発売のテスラモデルYは3万ドル程度の価格設定だ。
ホンダeはサイズ、スペック、継続走行距離がアンバランスな中途半端な車になってしまった感は否めない。
シトロエンのアミは2人乗りで70万円
フランスにはシトロエン「アミ」という超小型EVも存在する。アミは2人乗り、運転免許証が必要ないNEV(ネイバーフッドEV)だ。これは低速で走行する車で、フランスでは14歳以上であれば免許なしで運転できる。アミの販売価格は70万円程度。今年7月に発売され、若者の間で人気となっている。
このようなシンプルで価格が安いEVは今や世界中で販売されており、既存のメーカーだけではなくNEV専門のメーカーもある。
高くても売れるテスラ
ホンダはスペックが高くデザインにもこだわったeを、あえてゾーイと競合する価格で発売した。しかし裏を返せばそれは「価格を安くしないと売れない」という自信のなさの裏返しではなかったか。
テスラモデル3は米国と中国では300万円台で販売しているが、日本と欧州では500万円を超える価格付けだ。それでも欧州では売れている。それはモデル3が見せる「EVの未来」に共感する人が多いためではないだろうか。
ホンダeはサイズこそ小さいが、内容はモデル3に引けを取らない車だけに、その姿勢には疑問を感じる。
ホンダにとってはEUの排気ガス総量規制対策の車、という意味合いだったかもしれないが、11月に入りホンダはテスラ・FCA「フィアット・クライスラーグループ)の排出枠連合への加盟を表明した。これはテスラが持つスーパークレジットを金銭的に移譲し、全体で違反金を逃れるための連合だ。
ホンダeの発売前、ホンダは自社で違反金なしの運営ができる、とコメントしていたが、結局テスラに頼ることになったのは、「コロナ禍の影響」があるとはいえ、やはりEVの売れ行きに不安があるのではないか。
欧州で加速するクルマの脱化石化の流れと、欧州市民が求めるEV像をつかみきれないホンダeに日本のエコカー戦略の不安な未来がよぎる。
(土方細秩子・ロサンゼルス在住ジャーナリスト)