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経済・企業 コロナで激変するクルマ社会

米国ルポ:コロナで消えるガソリン車とトヨタを超えたテスラ、急増するEVトラック、本命は超小型電動カート=土方細秩子

テスラのEVトラック「セミ」(テスラ社カタログより)
テスラのEVトラック「セミ」(テスラ社カタログより)

 新型肺炎コロナはガソリン車が中心だった米国社会に大きな影響を及ぼし、ついに時価総額で電気自動車(EV)の米テスラが時価総額でトヨタ自動車を超えた。しかし、コロナは自動車で移動するクルマ社会そのものに劇的な変革をもたらすかもしれない。 <コロナで激変するクルマ社会>

世界の自動車販売は半減する

 新型肺炎コロナで大きなダメージを受けたのが米国の主軸産業の一つである自動車業界だ。メーカーも2カ月の営業停止となり生産台数が激減、同時に新車、中古車ともに販売が大幅に落ち込み、回復には時間が必要と考えられている。米国だけではなくこれは世界的な現象だ。

 バンク・オブ・アメリカが毎年発表している世界の自動車販売台数予測では、今年の販売台数は昨年比で25%減になる、とされている。他にも様々な予測があり、最も悲観的なものでは昨年比で50%減まで落ち込むのではないか、というものもあるが、米国内のシンクタンクなどでは大凡「22~30%減」という見通しとなっている。

 ただし問題なのは今回の新型コロナ問題が今後も長引き、回復には時間がかかる、という点だ。バンク・オブ・アメリカの上級自動車アナリスト、ジョン・マーフィ氏は「今回の危機は世界中に広がり、これまで自動車産業が経験した過去のどんな危機とも異なる。問題が過ぎれば回復、というわけにはいかない可能性もある」と語る。

カリフォルニア州フリーモントにあるテスラの工場(Bloomberg)
カリフォルニア州フリーモントにあるテスラの工場(Bloomberg)

リーマン・ショックでも回復に5年

 例えば米国では2009年、リーマンショックの影響で新車販売台数が年間1030万台近くにまで減少した。07年の年間1600万台レベルに戻るには5年かかっている。さらに気掛りなのは、今年4月の販売台数が年間売上に換算すると860万台レベルにまで落ち込んでいる、という点だ。5月にはやや回復したものの、6月も前年同月比で30%減となる見通しだ。

 バンク・オブ・アメリカでは今年の販売台数を1280万台と予測し、1600万台レベルに回復するには少なくとも5~6年が必要、としているが、これでも楽観的な予測の部類に入る。というのも米国では感染者の増加に歯止めがかからず、経済再開を一時中断して再びロックダウンを検討している州もある。ロサンゼルスは感染拡大が今最も深刻で、7月6日から再びナイトクラブ、バーなどは通常営業停止、レストランはテイクアウトのみの営業となった。こうした状況が続けば4月の再来で再び悲惨な数値となる可能性がある。

入港できない日本車コンテナ

自動車販売の低迷で車で溢れるロサンゼルス港(2020年7月2日)Bloonberg
自動車販売の低迷で車で溢れるロサンゼルス港(2020年7月2日)Bloonberg

 各自動車メーカーもそれぞれ苦戦しており、今年第1四半期の数値を見ると日本車メーカーであってもトヨタ7.9%減、日産30%減、ホンダ18.9%減となっている。

 今年4月から5月にかけて、全米最大規模の貿易港であるロサンゼルス港沖で、日本車や韓国車などを搭載したコンテナ船が入港できずに立ち往生する事態が見られた。

 新車の売れ行きが鈍っているためディーラーの在庫過剰で新たな車を受け入れる余地がなかったのだ。

 レンタカーでは大手ハーツが経営破綻したが、今ロサンゼルスではスポーツアリーナなどの駐車場に車が溢れている。貸し出されることなく溢れたレンタカー、ディーラー在庫などが駐車場所がなくこうした場所と契約して車を保管しているためだ。

 日本車メーカーにとってさらに痛手となりそうなのが、米国政府が打ち出した新規就業ビザやグリーンカードなどの一時凍結だ。

 今後駐在員を送る、といった企業活動にも支障が出ると見られている。またビザ発給停止は失業率が14%を超えた米国民の職を確保するため、とされているが、トランプ政権が今回の新型コロナでより内向きな政策に傾くことは確実だ。バイ・アメリカン運動がますます推進され、輸入車に逆風が吹く事態も想定される。

トヨタを超えた30兆円のテスラ

コロナショック後にいち早く生産を再開した米テスラのカリフォルニア州の組み立て工場(撮影:土方細秩子)
コロナショック後にいち早く生産を再開した米テスラのカリフォルニア州の組み立て工場(撮影:土方細秩子)

 しかし軒並みマイナスが続くなか、前年比で72.5%増という驚異的な数字を上げているメーカーがある。テスラだ。テスラの場合は元々受注生産で、4ドアセダンのEV「モデル3」に40万台もの予約が入っており、順次納品を行っていたため、新型コロナが売上に全く影響を及ぼさなかった点が大きい。

 テスラは新型コロナ下の「勝ち組」の代表的な企業となり、6月18日にはついに株価が1000ドルを突破。7月1日の米国市場で時価総額は一時2105億㌦(約22兆6000億円)となり、トヨタ自動車を抜いて自動車メーカーで世界首位になった。

 7月22日現在も1592㌦という高水準で時価総額は実に2953憶㌦(約31兆6000億円)という驚きの事態にもなっている。

 テスラは米国の自動車メーカーとして最後まで営業を続け、再開時期も最も早かった企業でもある。5月の生産台数も100万台突破となり、これまでのニッチ企業から大手自動車メーカーへの道を着実に歩みつつある。

来年は世界のEV300万台

 テスラの躍進はEV業界全体の牽引役になっている、と言われる。今年5月、バッテリー・EVに特化したリサーチを行うケーン・エナジー・リサーチ・アドバイザーズが発表した報告書によると、2021年には世界のEV販売台数が激増する見通しだという。

 各国政府がEV導入のための消費者支援プログラムなどを推進しているためで、同報告書によるとEV販売台数は21年に前年比36%増となり、世界のEV販売台数が300万台に到達する見込みだという。

 EV普及に大きな役割を果たすのは中国と欧州の存在になる、ともされている。

 中国はすでに100万台以上のEVが普及するEV大国となり、欧州は地球温暖化防止の観点からEV購入へのインセンティブを政府が推進している。とくに2040年にガソリンやディーゼル車両の販売を禁止する方針を打ち出しているフランス、英国などが中心となる。

 テスラは来年半ばにドイツで7人乗りのミッドサイズSUV(スポーツ多目的車)の「モデルY」の生産を開始する予定で、欧州メーカーのEVモデルと競合する形で市場を広げることが予想されている。

 米国でも21年には様々な新興メーカーによるEVの発売が予定されており、特にフォードと提携しEVのSUV、ピックアップトラックを生産するリビアン社などに注目が集まっている。中心はやはりテスラとなるだろうが、価格や性能でテスラを追随するメーカーが数多く登場しており、競争の激化がEV普及に拍車をかけると予想される。

西海岸でもついに脱ガソリン車

 何よりも人々の車に対する意識が新型コロナ下で大きく変化した。多くの都市がロックダウンを行った4月には米国でも大気汚染の水準が過去30年間で最低レベルとなった。

 ロサンゼルスのような車社会の中心地でも空気が澄み渡り、普段は靄って見えない遠くの山脈などがくっきり見えるなどの現象が見られた。このことが人々に「ガソリン車両を使うことがいかに大気を汚染しているのか」を再認識させるきっかけとなった。

英国では新車の62%がEV

 5月に英国のベンソン・オートモティブ・ソリューションズという会社が行った消費者の意識調査によると、「新型コロナによるロックダウンでEV購入意欲に変化があったか」という質問に対し、45%が「大気がきれいになったのを見てEV購入を考えるようになった」と回答した。さらに17%の人が「コロナ前にEV購入を決定していたが、さらにその気持ちが強固になった」と答えた。

 つまり英国内の数字ではあるが、新規の自動車購入を考える人の実に62%がEVを候補に挙げていることになる。

 ただし新車販売台数で見ると、テスラの躍進こそ目立つもののEVも新型コロナによる販売減の例外では決してない。ウッド・マッケンジー社によれば今年の世界のEV販売台数は昨年比で43%落ち込む予測だ。とくに中国での落ち込みが激しく、一般的にガソリン車よりも価格帯の高いEVは新型コロナによる経済的停滞の中で苦戦していることが伺える。

一気に進むトラックのEV化と伏兵リビアン

リビアン社の電動ピックアップトラックと創業者のR・J・スカリンジCEO(撮影*土方細秩子)
リビアン社の電動ピックアップトラックと創業者のR・J・スカリンジCEO(撮影*土方細秩子)

 EVの普及はまずトラックやバンなどフリート(商用車)で始まると考えられる。

 米国ではテスラのセミのようなミッドサイズのEVトラックの開発が進んでおり、アマゾン、ウォルマートなどの小売りやフェデックス、UPSなどの流通大手が次々にこうしたトラックを導入している。自動運転によるデリバリーなどの観点から考えても、まずフリートから徐々に切り替わっていく、と考えるのが正しいだろう。

 こうした動きに追い風となるのが、カリフォルニア州が新たに打ち出した「2045年までにフリートの完全EV化を行う」という指針だ。これによると、まず州内の大型コンテナトラックなどをEV、水素燃料などのゼロ・エミッション(無公害)車両に置換し、その後中型のデリバリーバンなどにも規制を広げ、45年以降は州内でのガソリン・ディーゼルフリートの販売を禁止する、という。

 この動きにニューヨークを含む北東部の州が追随する動きもあり、今後数十年でフリートのEV化は一気に進む可能性がある。アマゾンはすでにリビアンにEVデリバリーバン10万台を発注している。

コロナ後の本命はゴルフカート?

ゴルフカートのような自動運転のネイバーフッドカー(NEV)専門メーカー、米GEM社のカタログ
ゴルフカートのような自動運転のネイバーフッドカー(NEV)専門メーカー、米GEM社のカタログ

 逆に個人のマイカー需要は今後低空飛行が続く、とも考えられる。

 新型コロナによりリモートワークがある程度定着しつつある。グーグル、アップルなどは年内の業務は基本的にリモートで行う、と発表しているし、人々がオフィスに出社する、ということは今後減少するだろう。

 一気に社会のデジタル化が進み、店舗を構える小売業は壊滅状態だがアマゾン、ウォルマートはそれぞれオンライン販売により売上を伸ばした。

 つまり仕事にも買い物にもそれほど出かける必要がなくなり、車を持つことの意味が問われる時代が来るかもしれない。米国にはネイバーフッドカー(NEV、電動小型低速車))と呼ばれる、ゴルフ用カートをアレンジして公道走行が可能なタイプの車がある。

 ゴルフカートはGPS(全地球測位システム)による自動運転にも対応しているし、それこそ近場の買い物などには全く問題がない。

 大手自動車メーカーでも、例えばクライスラーはNEV専門メーカーGEM社と提携して「ピーポッド」と呼ばれるモデルを持っているし、GEMからはさまざまな用途に合わせてアレンジ出来るNEVを発売している。

 NEVメーカーは主要なもので10社を超えており、それなりの需要がある。価格も1万ドル台からで、こうしたタイプのパーソナル・モビリティが今後注目を浴び、従来のマイカーの概念を変えることになるかもしれない。

1万ドル台から買えるGEMのネイバーフッドカ―(NEV)は多様な使い方ができる。(同社カタログより)
1万ドル台から買えるGEMのネイバーフッドカ―(NEV)は多様な使い方ができる。(同社カタログより)

(土方細秩子・ロサンゼルス在住ジャーナリスト)

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