水素vsEV戦争:世界最大の物流トラック市場を巡り トヨタ・現代・GM vs テスラ・ダイムラーの戦いが始まった
各国が脱炭素化を標榜するなか、いま最も注目を集めるのが水素の存在だ。発電、蓄電から乗り物の動力まで、今後のエネルギーの中核を担う、とされる水素。世界最大級のトラック物流市場、米国での覇権をめぐっても水素と電気自動車(EV)で熱い戦いが始まっている。
水素を燃料とするFCV(燃料電池車)はこれまで「ディーゼルに置き換わるもの」、すなわち大型トラックやバスなど、長距離を走る重量の重い車両を中心に普及する、と考えられてきた。「乗用車はEVで商用車はFCV」という棲み分けだ。
しかし、テスラはあくまで長距離の大型トラックでもEVでの普及を狙っており、水素トラックの開発を進める米ゼネラル・モーターズ(GM)、トヨタ自動車、韓国の現代自動車と真っ向から対立している。
そこに独ダイムラーも参入。新興自動車メーカーや米国の電力会社も巻き込み、世界最大の物流トラック市場を巡り、熱い戦いが始まっている。
二コラとの提携を続けるGMの狙い
大型車両へのFCV導入に積極的なのが米国を代表する自動車メーカーのゼネラル・モーターズ(GM)だ。
同社は9月にFCVトラックを手掛けるニコラ社の株式の部分保有と提携計画を発表し、ニコラ社の株式が急上昇した。その後ニコラの会社内容の説明などに一部虚偽があった、として株式保有とEVピックアップトラック製造での提携は見送られたが、FCVの大型トラック製造での提携は存続する、などGM側の並々ならぬ意欲が感じられる。
シンガポールのベンチャー企業も参入
シンガポールを拠点とするベンチャー企業、ホライゾン・フュエル・セル・テクノロジーズ社は今年1月、米国にFCVの大型輸送トラックやバスの製造を目的とした子会社、ハイゾン・モータースを設立、2021年からのFCV大型商用車の販売を目指している。
ハイゾン社は11月にニューメキシコ州に本社を置くバイヨ・テック社とオンサイトでの水素供給インフラ構築の提携を発表した。バイヨはハイゾンに対し、水素を生成する技術を提供し、ハイゾンのトラックやバスの普及のためにインフラ作りを共に進める、としている。
米エネルギー省は33億円の水素ファンド
米エネルギー省(DOE)も12月10日、水素技術の研究開発(R&D)、インフラなどに対し3300万ドルの基金を設立する、と発表した。同省ではすでにMillion Mile Fuel Cell Truck (M2FCT)、H2NEWという2つの官民共同事業体の立ち上げを発表しており、未来の水素技術の推進を図ってる。
トヨタは日野と米国で水素トラックを導入
また来年にはトヨタ・日野自動車、現代自動車も米国内にFCV大型トラックを導入する予定で、様々な企業がこの分野に参入し、競争も激化しそうだ。
トヨタ・日野自動車の大型輸送トラックのプロトタイプは新型MIRAIの第2世代FCVシステムを採用し、航続走行距離は480キロ以上、貨物積載能力は約36トン。
トヨタはロサンゼルス市港湾局と提携した貨物輸送の無公害化プロジェクトに参加しており、すでに米ケンワース社の大型トラックに同社のFCVシステムを搭載したものを納入している。新型も引き続きケンワース社のボディを使いながら、システムをアップグレードしたもの。
日本国内でも今後アサヒグループホールディングス株式会社、西濃運輸株式会社、NEXT Logistics Japan株式会社、ヤマト運輸株式会社らと共に2022年春頃から走行実証を行う予定だ。 国内向けのものはベース車両が日野プロフィアとなる。
現代の水素トラックは航続距離400キロ
現代のFCVトラック、XCIENTは航続走行距離が400キロ、190キロワットの燃料電池を搭載。現代自動車は2019年にスイスのH2エナジー社とのジョイントベンチャーとして現代ハイドロジェン・モビリティ社を設立、25年までに世界で1600台のFCVトラックを展開する、としている。
あくまでEVにこだわるテスラ
このように大型商用車の水素シフトが進む中、それでもEVにこだわる企業もある。その一つはもちろんテスラだ。テスラは2017年に同社初となる大型商用トラックのセミを発表、イーロン・マスク氏は来年以降セミに注力する、と発言している。
テスラのEVトラックは航続距離800キロ
セミは航続走行距離が300マイル(480キロ)のものが15万ドル、500マイル(800キロ)のものが18万ドルという価格で、ハイゾン社の大型トラックの航続走行距離が400-600キロ、とされているので十分に対抗できる内容だ。
これまでにカナダのウォルマート、トラックレンタルのプライド・グループ・エンタープライズなどから予約が入っており、その総額は1億ドルに到達している。
ダイムラーもEVトラックを投入
もう一社、EV大型トラックの推進を目指しているのが独ダイムラー・トラック社だ。同社の北米支社とオレゴン州の電力会社ポートランド・ジェネラル・エレクトリック社(PGE)は12月1日、「エレクトリック・アイランド」と名付けられた中型ー大型のEVトラック専用のメガチャージステーション建設を発表した。
オレゴンの電力会社は再エネでEVトラックを支援
来年春にもオープン予定のアイランドは、1メガワット以上のチャージレベルを持つチャージステーションを9基備える予定で、最大で5メガワットを提供できるチャージインフラとなる。(編集部注:1メガワットは、EVトラック用の出力300キロワット急速充電ステーション2基、EVバン用に150kWの出力を持つ3基程度)。
実現すればもちろん全米で最大規模となる。しかも供給される電力はPGEにより、すべて風力、太陽光の再生可能エネルギーによるものとなる。
ガソリントラック禁止を決めたカリフォルニア
なぜ大型商用車での競争が激しくなるのか。
すでにカリフォルニア州では2035年以降、州内へのガソリン・ディーゼルによる大型トラック乗り入れを禁止する、という条例を発している。2035年から販売禁止になるのは乗用車だけではない。今後はこうした商用車に関しても脱内燃機関の動きが活発になる。
トラックは全米の8割を占める物流輸送の要
国土の広い米国では、トラック輸送は重要な物流の要だ。米トラッキング協会によると、トラック輸送は全米の物流のうち重量で72.5%を占め、その総収入は2019年で年間7917億ドル(約80兆円)に上る。
これは全米の輸送コストの80%以上となる。商用トラックは全車両のうちの13.7%を占め、その数は3690万台である。クラス8と呼ばれる大型輸送トラックだけでも400万台近くが稼働している。つまり米国のトラック輸送は、世界最大級の物流利権ともいえるのだ。
物流利権をめぐる水素vsEVの戦い
この巨大な市場が内燃機関からグリーン車両に移行する、となるとメーカーにとっては大きな増収のチャンスだ。
テスラのような新興メーカーが既存のメーカーを駆逐して大型の契約を取るケースもあれば、既存メーカーが巻き返しを図ることもあるだろう。
また大型トラックだけではなく、中型トラックやデリバリーバン、バスなど、全体ではかなりの数の商用車が今後水素あるいはEVにシフトすることになる。
2021年は水素vsEVの物流トラック戦争が始まる
インフラ面から見ればEVが現時点では圧倒的に有利だ。 しかしハイゾンのようにインフラも共に構築しながら普及を目指す企業が増えれば、FCVにも大きなチャンスがある。もしテスラのセミが本当に800キロの航続走行距離を達成できるのであれば、EVの最大の弱点とされてきた距離の短さ、充電時間などは解消されるだろう。
この勝負が本当に始まるのは来年からだ。
(土方細秩子・ロサンゼルス在住ジャーナリスト)