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ホンダもひれ伏す「テスラの環境クレジット・ビジネス」の驚くべき収益力と成長率 

ロサンゼルスの駐車場ではどこでも見られるようになったテスラのEV(撮影:土方細秩子)
ロサンゼルスの駐車場ではどこでも見られるようになったテスラのEV(撮影:土方細秩子)

 テスラは販売する車がすべてEV(電気自動車)であるためCO2の排出量はゼロ。このためCO2排出に課される罰金を払う必要がなく、排出権ゼロの枠をクレジットとして他社に分け与えることができる。このクレジット・ビジネス、実はテスラにとって大きな収入源となっている。

 ホンダが11月初め、EUでのテスラ・FCA(フィアット・クライスラー・グループ)のCO2排出枠連合に参入することを決めた。排出枠連合とは、電気自動車(EV)などのグリーンカーを持ち、EUが2021年から実施する企業別平均燃費基準(CAFE)に対し、自社が持つクレジットを他社に分け与えることができるグループだ。

 EUでは車の走行1キロあたりのCO2排出量95グラム以下が求められ、これを超えると1グラムあたり95ユーロの罰金が課せられる。

テスラの充電ステーションはすぐに見つかる(ロサンゼルスのホテル駐車場)撮影:土方細秩子
テスラの充電ステーションはすぐに見つかる(ロサンゼルスのホテル駐車場)撮影:土方細秩子

 これをクリアできるメーカーは数少ない。

 そのためグループ化して、グループ内の車全体で平均のCO2排出量を減らす、排出量の少ないメーカーが他のメーカーに枠を販売し、全体で罰金を逃れよう、というものだ。

 現在この連合は大きく分けて米テスラ系、トヨタ系(マツダ)、米フォード系(ボルボ)、仏ルノー系(日産)、独フォルクスワーゲン系、仏PSA系などがある。

 トヨタ自動車はハイブリッド車(HV)の強みを活かし、マツダと連合を組んでいる。

 このクレジット・ビジネスでは、テスラは圧倒的な強みを持っている。というか、テスラの屋台骨を支えている、といっても過言ではない。

テスラの赤字を黒字にしたクレジット

 テスラの売上高は2015年53億ドルだったが、今年は296億ドルになる、と見込まれている。一方で収益は19年上半期までは赤字、昨年後半以降黒字となり、今年にはようやく年間で18億ドルの黒字を計上する見込みとなった。

 昨年までずっと赤字続きで、一時は倒産まで噂された企業がなぜ生き残ることができたのか。それはクレジット販売による利益がテスラを助けてきたためだ。

7年で15倍に増えた排出権ビジネス

 米国ではカリフォルニアを始め、複数の州ですでに欧州のようなCAFEと罰則制度が存在する。そこでテスラは他社にクレジットを販売する、というビジネスを12年から行ってきた。その額は12年には4100万ドルに過ぎなかったが、年々増えて昨年には5億9400万ドル、つまり7年で15倍弱に膨れ上がったわけだ。

 今年7月に発表された同社の4-6月期の決算によると、売上高60億3600万ドルに対し、クレジットセールスは4億2800万ドル、と実に7%を占める。しかも同時期の同社の純利益は1億400万ドルだ。

 また7-9月期の数字では、売上高が87億7100万ドル、と大きく伸びているが、純利益は3億3100万ドル、対してクレジットセールスが3億9700万ドル。つまりクレジットセールスがなければテスラは今も赤字企業なのである。

7年で15倍に伸びたテスラの排出権クレジット収入(テスラ提供)
7年で15倍に伸びたテスラの排出権クレジット収入(テスラ提供)

米欧でさらに成長するクレジット収入

 しかも米国の無公害車両(ZEV)法案を推進する州では、今後数年間に規制を強める方針だ。他社がテスラのクレジットに依存する件数は増え、クレジット収入はますます上がると予想されている。

 それに加えて欧州でのクレジット販売も始まるのだから、その収入は決して小さくはない。

 FCAはすでに昨年の時点でEUでの排出枠連合でテスラと提携することを発表していたし、ホンダのように今後この連合に参加する企業が増える可能性もある。

1000億円ビジネスとなった排出権クレジット

 一般的にこのクレジット売買の額は公表されないが、FCAでは2023年までの提携期間にテスラに総額で11億ユーロ(約1400億円)を支払うことが明らかになっている。

 テスラCFO(最高財務責任者)のザッカリー・カークホーン氏もテスラのクレジット収入が年々増加していることを認め、今年は昨年の倍近い10億ドルに達する見込み、としている。

 また来年以降EUでのクレジット販売もあり、この数字は数年間増え続けることも明らかにした。

いずれは消える覚悟もある

 しかしカークホーン氏は「クレジット収入を利益の配分に組み込むつもりはない。数年後には他社もZEVモデルを増やすことで、この数字はやがて減少していく」と語った。つまり近い将来にはクレジット・ビジネスは同社にとって比重が大きいが、いずれはなくなるものとして経営戦略を立てている、ということだ。

ホンダも2022年には全車を電動化

往年のホンダ「シビック」を彷彿とさせる外観も評判のホンダe(ホンダ提供)
往年のホンダ「シビック」を彷彿とさせる外観も評判のホンダe(ホンダ提供)

 例えばホンダは2022年には欧州で販売する主力の四輪商品を全て電動化する、としており、今回の排出枠参加はそれまでの過渡期の対応だ、とホンダ広報では答えている。

2兆円企業に向かうテスラ

ビバリーヒルズの“カローラ”になったテスラのEV(撮影:土方細秩子)
ビバリーヒルズの“カローラ”になったテスラのEV(撮影:土方細秩子)

 テスラがクレジット収入なしに過去5四半期に黒字を出すことは不可能だった、とカークホーン氏は認めている。今後車の売り上げがどんどん増えることによりクレジット収入の比率は下がり、車を売るメーカーとして普通に利益が上げられる企業になる、という考えだ。

 米リサーチ会社トレフィスの予想では、テスラの売上は2025年には1120億ドル、純利益も196億ドル(約2兆円)の黒字が予想されている。しかしこの成長を支えてきたのがクレジット・ビジネスの存在であり、今後数年はこの分野でテスラが世界一の利益を上げる企業であり続けることは変わらない。

(土方細秩子・ロサンゼルス在住ジャーナリスト)

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