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教養・歴史 書評

『新・資本主義論 「見捨てない社会」を取り戻すために』 評者・浜矩子

著者 ポール・コリアー(オックスフォード大学ブラヴァトニック公共政策大学院教授) 訳者 伊東真 白水社 3200円

高い倫理性と聡明な実用主義で弱者救済力の蘇生を

 冒頭部分に1997年の映画「フル・モンティ」への言及がある。舞台は英国イングランド地方北部の都市、シェフィールドだ。著者の故郷で、かつての製鉄王国である。「かつて」が曲者(くせもの)だ。映画に登場するシェフィールドは失業ランドだ。かつての工場労働者たちに仕事がない。彼らは進退窮まっている。だが、彼らは活路を見いだす。男性ストリップ団への華麗なる変貌を遂げるのである。深刻なテーマを底抜けに明るいコメディーに仕上げた手腕が、世界的な特大ヒット作品を生み出した。

 このストリッパーたちが今日の英国に存在したら、きっと、ゴリゴリのブレグジット支持者になっただろう。今日の米国にいたら、ドナルド・トランプの熱狂的信奉者になってしまっていたに違いない。

 律義にまともに働いている人々が、経済のどん底で、社会の端っこにある寒々しい場所に追いやられる。それが今日の資本主義の力学だ。どうすれば、この力学を変えられるのか。どうすれば、資本主義に新しい未来を与えられるのか。これが本書のテーマだ。

 かつて、資本主義は社会民主主義に救われていた。かつての社民主義は、その土台に共生と共感の感性があった。共生と共感が生み出した協同組合主義が相互扶助の輪を生み出した。この輪が、資本主義の狂暴な排除の論理から人々を守っていた。

 ところが、今日、社民主義は地に落ちている。左右両翼からの挟み撃ちに遭って、社民主義を掲げる中道政治が仮死状態に陥っている。この中道政治をどう蘇生するか。本書はそれを追究している。

 著者によれば、社民主義を共生と共感の響き合いの世界から引きずり出してしまったのが、理念先行で自分たちの「慧眼(けいがん)」に酔いしれる「社会的父権主義」者たちだ。彼らの思い込みと独断専行が、社民主義の弱者救済力を破壊した。

 社民主義の蘇生の鍵となる要素が二つある。その一が倫理性(ethics)、その二が実用主義(pragmatism)だ。今日的資本主義にこの二つの要素を埋め込むことによって、蘇生手術を成功させよう。著者はそう提言している。そして、蘇生成った社民主義を「社会的母権主義」と命名している。素晴らしい。

 母性には限りなく高い倫理性がある。そして、母性は常に聡明(そうめい)な実用主義を発揮する。「社会的母権主義」が共生と共感の黄金ブレンドを復元させた時、製鉄男が脱衣男への変身を余儀なくされる世界は消えてなくなるだろう。

(浜矩子・同志社大学大学院教授)


 Paul Collier 政治経済学者。アフリカでのフィールドワークを中心に、世界最貧国の生活実態を調査。改善に向けた提案を続けている。著書に『民主主義がアフリカ経済を殺す』『エクソダス』など。

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