経済・企業

「制服はギャルソン」バブル真っ盛りの80年代にキリンが立ち上げた伝説の直営店「ビアホール・ハートランド」はこんな店だった

    旧経済企画庁(現内閣府など)によれば、バブルが始まったのは1986年12月。

    当時、キリンはシェア6割という圧倒的な地位を占めていた。

    ただ、企業がその競争優位にあぐらをかいてしまうと、変化に対応できず、いずれは恐竜のごとく滅ぶものだ。

    それを打破するためにキリンが投入した新商品「ハートランド」は、広告を打たず、直営ビアホールのみで販売するという、異端のビールだった。

    なぜそうした売り方を採用したのか。

    「ハートランド」「一番搾り」ほか、さまざまなヒット商品を開発し、キリンビバレッジ社長に上り詰めた前田仁氏の逸話を、ジャーナリストの永井隆氏が語り継ぐ本連載。

    第5回目は「ハートランド」の直営店、「ビアホール・ハートランド」の秘話をご紹介する。(前回はこちら)

    昼はスーツ、夜はコムデギャルソンのユニフォーム……

    「ビアホール・ハートランド」初代店長には前田自身が就いた。

    前田はキリンのマーケティング部に籍を置いていたので、オープンから翌87年4月20日まで約半年間、「ビアホール・ハートランド」店長は「兼務」することになった。

    原宿のキリン本社には朝9時に出社する。もちろんスーツ姿だ。

    そのまま通常のオフィスワークをこなし、たいていは夕刻に、時には昼前から六本木の「ビアホール・ハートランド」に移動、そこでスーツからお店のユニフォームに着替えて、閉店まで店に立つ。

    バブル当時のこと、時代はDCブランド全盛だった。

    「ビアホール・ハートランド」のユニフォームも、当然のようにブランド品がチョイスされた。

    男子スタッフはコムデギャルソン・オムの黒デニムパンツに白いシャツ。女子はSUIVIの黒ジャンパースカート(ロング)と白いブラウス、といった具合だった。

    「ビアホール・ハートランド」のスタッフ。右から2人目が前田仁店長
    「ビアホール・ハートランド」のスタッフ。右から2人目が前田仁店長

    シャキッとした白シャツの質感と、デニムを対比させ、「ビアホール・ハートランド」のコンセプトである「素(もと)」、つまり素材そのものの魅力をアピールするものだった。

    「ビアホール・ハートランド」の開店は「つた館」が12時、「穴ぐら」は17時で、いずれも24時閉店だった。ただアルバイトは終電までに帰さなければならない。その後の片付けは前田の仕事だった。

    スーツに着替え、戸締まりをして、ようやく帰路につく。

    「前田さんは、どんなときでも飄々(ひょうひょう)としていました。もちろん、ビアホールの店長の経験などありません。しかも、ライブハウスであり、美術館でもあるような店を仕切っていたのに、です」

    ハートランド・プロジェクトのメンバーだった望月寿城(のちの漫画家しりあがり寿)は語る。

    初日の売り上げは3800円

    一方、望月同様に前田を慕う部下だった真柳亮は、「ビアホール・ハートランド」に客として訪れた。

    「つた館」と「穴ぐら」からなる「ビアホール・ハートランド」が、まず「穴ぐら」だけでプレオープンした初日、86年10月21日のことだった。

    当時、真柳が交際していたフィアンセ(現在の夫人)と、原宿で待ち合わせした。その原宿で買い求めた花束を、「ビアホール・ハートランド」にも持参していた。

    2人で食事をして、レジで会計をするとき、前田仁はニタニタ笑いながら、真柳とフィアンセにこう言ったという。

    「しめて3800円。オープン初日、つまり今日の売り上げはそれだけさ。お客さんは君たち2人だけ。あと、僕が少し自腹で飲んだ分もある」

    真柳は次のように言う。

    「さすがに心配になって『大丈夫ですか、前田さん』と聞いたんです。すると前田さんはこう言いました。『口コミというか、ネットワークで売っていくつもりだ。だから最初のうちお客さんが来なくても仕方がない。そのうち、必ずお客さんで溢れるよ』。前田さんは薄っすら笑みを浮かべ、自信たっぷりに見えました。だから、そういうものかと安心したのを覚えています」

     ネットワークといっても、スマホはもちろんネットもパソコンもなかった時代。文字通り、人から人への口コミが中心だった。

    「会社を辞めることになっても、いいか」

    真柳には「自信たっぷり」に見えた前田だったが、実のところ、成功を確信していたわけではなかったようだ。

    川崎市麻生区の小田急線柿生駅近くに当時、キリンビールの社宅があり、前田もそこに住んでいた。

    「ビアホール・ハートランド」の店長になる少し前、前田は、妻の泰子に次のように話したという。

    「会社を辞めることになっても、いいか」、と。

    当時はほぼ完全な終身雇用の時代だ。会社を辞める意味は今よりも遙かに重い。

    泰子は、2020年末、当時の様子を次のように語った。

    「会社や仕事について家ではほとんど話さない人でしたが、ちょうど3人目の子供が私のお腹にいた時に、こう言ったんです。

    『ビアホール・ハートランドの店長をやることになった。コケたら自分は会社を辞めなならん。でも、他人に任せて(プロジェクトが)コケるのは、どうしてもイヤなんや』

    前田はハートランドをとても大切にしていました。あの人の原点だったと思います」

    前田仁氏(1998年撮影)
    前田仁氏(1998年撮影)

    会社では飄々として、弱音を吐かず、いつもクールだった男も、家庭では本音を吐露していた。現実に、仮に大黒柱の前田が失職したなら、家族は路頭に迷う。社宅も出なければならない。一番苦労することになるのは、泰子だった。

    バブルとともに急成長

    心配された船出だったが、閑古鳥が鳴いたのは最初だけだった。

    食事やハートランドビールが目的のお客さんだけでなく、ライブやアート目当てのお客さんも訪れ、「ビアホール・ハートランド」の来訪者数は右肩上がりに増えていった。

    「いずれお客さんが溢れる」という前田の予言が的中したのだ。

    旧経済企画庁(現内閣府など)によれば、バブルが始まったのは86年12月。

    「ビアホール・ハートランド」のオープンとほぼ同時期だった。

    バブルの震源地とも言える六本木は、若者を中心に雑多の人たちで深夜まで溢れ返っていた。

    閉店後、売上金をバッグに仕舞い、六本木交差点の角、俳優座劇場の隣にある三菱銀行六本木支店(当時)の夜間金庫に運ぶのも前田の役割だった。

    売上金は100万円を超え、多いときには200万円ほどもあった。

    夜間とはいえ、当時の六本木は酔って浮かれた男女で混雑している。その人混みの中を、大金を持って歩くのは相当気を使ったようだ。

    「あのときの緊張感は、忘れることはできない」

    と、前田はのちに家族や会社関係者に話していた。

    「石橋をたたいてもわたらない」キリンが変わった

    直営ビアホールでしか提供せず、瓶からは「キリン」のロゴを外し、マス広告も打たない。ハートランドの取り組みは当時としては極めて斬新だった。

    「『石橋をたたいても渡らない』といわれたキリンにとって、ハートランドは革新的でチャレンジングな取り組みでした」

    前田と同じ73年入社で生産部門にいた松沢幸一は指摘する。

    松沢はのちにキリンビール社長になる。退任後はキリンを離れ、現在は明治屋社長である。大学院まで進んだため、年齢は前田より上である。

    「ビアホール・ハートランド」にはもう一つ、特徴があった。

    それは、期間限定の店舗だったという点だ。

    再開発予定地の古い建物を改装して営業していたため、計画がスタートすると営業できなくなる。

    そのため、「ビアホール・ハートランド」は当初2年5カ月という期限を設けてスタートした。

    その後、期限は2回延長されたが、90年12月に閉店することになった。

    閉店までの4年2カ月で「ビアホール・ハートランド」を訪れた総来場者数は、実に56万人。

    自分のクビを賭けた前田は、賭けに勝ったのである。少なくとも、ビアホールは成功した。(つづく)

    永井 隆(ながい・たかし)

    1958年生まれ。フリージャーナリスト。現在、雑誌や新聞、ウェブで取材執筆活動を行う一方、テレビ、ラジオのコメンテーターも務める。 主な著書に『移民解禁』(毎日新聞出版)、『アサヒビール30年目の逆襲』『サントリー対キリン』『EVウォーズ』(日本経済新聞出版社)、『究極にうまいクラフトビールをつくる』(新潮社)など。

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