経済・企業「家飲み」を楽しむ

ビール4社は「家庭用重視」へ 酒税の緩和も追い風に=永井隆

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 新型コロナウイルスの感染拡大は、ビール類(ビール、発泡酒、第3のビール)の市場構造を大きく変えてしまった。(「家飲み」を楽しむ)

業務用が激減

 2020年における大手4社(キリンビール、アサヒビール、サントリービール、サッポロビール)の販売数量は、各社の発表値と独自の取材から前年比9・0%減少の3億4996万箱(1箱は大瓶20本換算=12・66リットル)。16年連続で減少し、1979年(3億5111万箱)と同じ水準で、最盛期だった94年の5億7322万箱(出荷数量)と比べれば、6割強の規模にまで縮小した。

 19年のビール類販売量に占めるビールの構成比は47・6%。飲食店でほぼ半数が消費されるビールが3カテゴリー(ビール、発泡酒、第3のビール)の中で5割前後を占めるのは、ここ数年の変わらない構造だった。

 一方、ほぼ全量が家庭で飲まれる第3のビールの構成比は40・4%、同じく家庭需要が大半の発泡酒は同12・0%だった。

 ところが、20年の販売量は、ビールが22%減ったのに対し、第3のビールが3%伸びた。この結果、構成比はビール40・8%に対し、第3のビールが45・7%となり、初めて構成比が逆転した。

 原因は、業務用ビールの需要が激減したためだ。特に、第1次緊急事態宣言が発令された4月に限れば、ビールの構成比は3割弱にまで急落した。飲食店が相次いで、営業を自粛したのが大きかったと見られる。

 こうした変化に伴い、20年の各社シェアでは、ビールのスーパードライを中心に業務用に強さをもっていたアサヒが35・4%(19年は36・9%)と1・5ポイント落としたのに対し、第3のビールを中心に家庭用に強いキリンが37・0%(同35・2%)を獲得し、09年以来11年ぶりに首位に返り咲いた。サントリーは16・2%(同16・5%)、サッポロは11・4%(同11・3%)だった。

ビール酒税は低減へ

 一方で、ビールにとっての追い風も吹いている。それが20年10月に実施された酒税改正である。ビール、発泡酒、第3のビールのそれぞれで個別に設定されている税額は、20年10月、23年10月、26年10月の3段階で変更されていく(図)。350ミリリットル当たりの税額は、最終的には54円25銭で統一される。

 ビールが減税され、第3のビールが増税されていくため、「ビールの強い会社が優位になる。ただし、税額が統一されても、原材料を工夫するなどで価格の安い商品は残る」(ビール会社首脳)というのは、コロナ前までの一致した見方だった。

 実は、19年10月の消費増税を境に商戦は変化していた。同9月までは安価な第3のビールが中心だったのが、10月から主戦場は減税されていくビールの業務用に移った。

 業務用の場合、一度店に樽生サーバーを入れると、簡単には他社に入れ替わらない。このため、19年10月以降は「メーカーから飲食店に協賛金や出資金が流れるなど、商戦が大荒れだった」(外食コンサルタント)。

 20年10月のビール減税に向け、“固定票”となる業務用を巡って攻防は熱を帯びていた。ところが、その最中を予測不能なコロナ禍が襲い、結果として生活者のライフスタイルの変化とともに飲食店の経営は厳しさを増した。各社は、家飲みに向けた戦略を重視せざるを得ない状況にある。

 ビール4社は今後、どのような戦略をとっていくのか。

 キリンホールディングス(HD)の磯崎功典社長は「(生活者の)在宅時間は増え、家飲みは定着していく。コロナが収束しても、コロナ前と同じには戻らない」と指摘する。

 その上で、「キリンはクラフトビールをこれから量販チャンネルで、本格展開する」(磯崎社長)とし、3月には新製品として「スプリングバレー豊潤〈496〉」を市場投入する。

 同製品はキリンのクラフトビールのフラッグシップである「496(ヨン・キュー・ロク)」から命名し、年内約160万箱(2万キロリットル)の販売を目指す。担当者は「アルコール度数を下げ、後味をすっきりとさせることで、家庭用向けに飲み飽きない味わいを目指した」と話す。

 また、家庭に生ビールのミニサーバーを毎月2回届けるサブスクサービス「ホームタップ」も強化する方向で、提供するビールにクラフトを加えていくという。

 スプリングバレー豊潤は、味もコンセプトも、ロゴまでも変えて全国展開するが、この戦略は496のコアなファンが離れてしまい、ブランド価値の喪失を招く危険も伴う。

 クラフトビールは、安価な第3のビールを量販チャンネルで大量に売るのとは、性質が違うことに留意しなければならない。

 新たに勃興した家飲み市場は多様であるため、「安くておいしい」よりも「個性的な商品」が求められる。スバル車をこよなく愛するスバリストを生成するような、ファンを作る地道な活動が必要だ。

 第3のビールに強いキリンは、「一番搾り」を中心にビールを強化していかなければならない。今年に入ってからは、英国の酒造企業ディアジオとの合弁契約が解消され、5月から扱える洋酒のラインアップが減るため、ビールの重要度はさらに増す。

 だが、量を追う一番搾りと、万人受けの必要のないクラフトビールとは分けて考えるべきだ。ブランド管理の力量がこれから問われることになる。

ジョッキ風の缶ビール

開けると泡が出る、アサヒの生ジョッキ缶 筆者撮影
開けると泡が出る、アサヒの生ジョッキ缶 筆者撮影

 アサヒは、自宅で外飲みと同じ感覚を味わえる新製品を展開する。

 3月にアサヒグループHD社長に就任する勝木敦志専務は、「家飲みは定着し、アサヒはその恩恵を受けている。昨年10月の酒税改正以降、(家庭で飲まれる)缶のスーパードライは、前年同期比で5%増になっている。4月に発売する生ジョッキ缶で、家庭需要を獲得していく」と語る。

 生ジョッキ缶は、中身は従来のスーパードライで変わりはないが、蓋(ふた)の部分をフルオープンでき、缶胴内側には凹凸をつけるなどの独自技術を取り入れ、開けるときめ細かな泡を発生させる。また、微アルコールの「ビアリー」も3月から投入する。

 アサヒの課題は、87年発売のスーパードライだけに依存した商品構造からの脱却だ。2位に後退したいまは、変えられる好機となる。

 もっとも、首位に浮上した会社は先頭に立ったプレッシャーからか、やってはいけないことをやる。09年に首位を奪還したキリンの場合は、「一番搾りが好調なのに、ラガーも強化せよと本社から無茶な指示が出た」(キリン首脳)ため、翌年にはアサヒに再逆転を許した。

 01年に48年ぶりに首位に立ったアサヒも、ヒットした発泡酒「本生」を値下げしてしまい、これに3社が追随。ビール類そのものの価値が下がり、市場が縮小していく引き金となった。アサヒはむやみに動かずに、キリンの敵失、あるいは自壊を待つのが、活路を開くきっかけになるかもしれない。

 サントリーHDの新浪剛史社長は「コロナ禍で最初の緊急事態宣言の時には、エコノミー(安価)な第3のビールに需要があったが、いまは良いものを買いたいというニーズが高い。(高級ビールの)『ザ・プレミアム・モルツ香るエール』は絶好調だ」と話す。

 また、ウイスキーブームから原酒不足に陥っていたが、「白州12年」を3月に再発売するのも、家飲みでは明るい材料だろう。

 課題となるのは、看板である企業精神「やってみなはれ」の退潮だ。ユニークな商品が出てこないのは、官僚化が進んだ会社に共通する特徴でもある。ラグビーに例えて、「ボールを持つ者がリーダー」という当事者意識を、みなが再び持つべきだろう。

 サッポロは、「黒ラベル」「ヱビス」を中心にビール強化策を継続させていく。大きくへこんだビール類市場の再興は、伝統企業の責務でもある。

 一方、クラフトビール「コエドビール」を製造販売する協同商事(埼玉県川越市)は、コロナ禍で中止された「川越まつり」の再開のための「祭エール」を発売した。売り上げの一部を市に寄付し、次回の川越まつり開催費に充てる。

 朝霧重治社長は「(缶なので)家飲みに対応するが、本当は飲食店を元気にさせる商品にしたい。コロナ後、飲食店のイベントに使ってもらえれば」と語る。

 コロナ2年目、各社の戦略と市場変化、そして人々のいまが交錯する。

(永井隆・ジャーナリスト)

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