『衆議院事務局 国会の深奥部に隠された最強機関』 評者・新藤宗幸
著者 平野貞夫(元衆議院事務局委員部長) 白秋社 1800円
知られざる組織の全貌示し議会主義の原点を再考
国会の組織機構は意外と知られていない。衆議院と参議院には事務局が設けられている。両院に法制局も存在する。国立国会図書館は国会の組織だ。ところが、これらの組織がどのように活動し、内閣そして与野党とどんな関係を織りなしているのかは、ほとんど報道されない。とりわけ、予算・条約の先議権、首相の信任・不信任議決権をもつ、第一院である衆議院の事務局は、たんなる事務処理組織なのか、それとも国会政治の「黒衣」なのか。大いに関心を惹(ひ)かれるところだ。
著者は大学院修了後、衆院事務局に就職したが、そこには衛視と速記者しかいないと思っていたと回顧している。だが、32年におよぶ衆院事務局勤務は、こうした先入観とは全く異なった。本書は憲法規範を順守しつつ、衆院議長や事務総長を補佐し国会審議を方向づけた「黒衣」としての活動を明らかにしている。それは自民党一党優位時代の政治の深窓を明かすものでもある。
本書では、佐藤栄作内閣から宮沢喜一内閣の重要法案をめぐる与党と衆院事務局の「攻防」が描かれる。佐藤内閣は1967年の第56回臨時国会に財政対策のために健保特例法案を提出した。大もめとなり自民党は強行採決をもくろんだ。知野虎雄衆院事務総長は、福田赳夫幹事長を呼び次のように述べる。野党から質疑対論と記名投票の要求が出ている。日韓条約の際にはそれはなかった。強行すれば「憲法違反」となる。常識的時間に本会議を連日行うべきであり、社会党が反対するならば、事務局が責任をもって対応する。福田幹事長は渋々と認め、強行採決は回避された。著者はこれを見聞し議会主義の原点を知ったという。
中曽根内閣は「大型間接税は導入しない」と公約しつつも、総選挙で勝利するや売上税関連法案を提出した。当然国会は荒れた。著者は事態の収拾を図るためのシナリオを竹下登幹事長に渡す。中心は「税制改革協議機関」を作り与野党で協議するというものだった。著者は協議会の要綱案も作成した。この協議会の議を経て売上税関連法案は審議未了廃案となった。著者や弥富啓之助衆院事務総長らは、「議員でもない者が」との批判を受けたが、著者は議会主義の当然の行動だとする。
事務局が重大な政治的局面で果たした事実を明るみに出し、議会主義の可能性を論じた本書は、政治をみる目に新たな視野を提示している。ただ、議会事務局の人事やその実態に言及があれば、「黒衣」の実像がより明瞭となったといえよう。
(新藤宗幸・千葉大学名誉教授)
平野貞夫(ひらの・さだお) 1935年生まれ。法政大学大学院社会科学研究科政治学専攻修士課程修了後、衆議院事務局に就職。退官後は政治家に転じ、2004年に引退。著書に『昭和天皇の「極秘指令」』など。