教養・歴史書評

中国 「萌」が生む新たな価値観とその国際化=辻康吾

『萌(もえ)的宣言』(交通大学出版社、2018年)は、日本の大学にいるアメリカ人教員がまず英語で出版し、それを台湾の大学出版社が中国語に翻訳した「萌」文化の紹介本である。つまり日本語になることがないまま英語版となり、中国語版となった本であることに興味を引かれた。

 著者のパトリック・ガルブレイスはかねてから日本文化、とくにポップ系の流行文化を研究、多くの著書もある。著者はこの本で、「萌」が象徴する漫画、アニメ、ゲーム、コスプレ、メイド喫茶など全般にわたって、これらに関係する日本人19人にインタビューを行い、「萌」文化の本質を追究している。1990年代の日本で始まった美少女漫画は多くの国々に広まると同時に、それがもつ「萌」的情感は「オタク」文化と結びつき世界中の若者の間で一つの潮流となっているようだ。

 では「萌」とはなにか、まだ定説はないが、『萌え経済学』(講談社)という著書もある経済アナリストの森永卓郎は同書の中で「萌とは想像上のキャラクターへの愛情で、人類の女性を愛すると同様に非人類の女性を愛すること」と述べ、また精神科医の斎藤環は「三次元空間では追求できないものを二次元空間で求める愛情」などと定義している。

 このとらえどころがない、だが間違いなく存在している「萌」文化は世界に広がり、この本が、日本語版がないまま英語圏や中国語圏で発売されているように、世界の普遍的現象として展開されている。とくに注目されるのは、政治をはじめ、その経済、社会、文化において強力にその独自性を主張し、ともすれば異質の文化を排斥する中華人民共和国においても「萌」的な漫画、アニメ、コスプレが歓迎され、漫画、アニメをはじめそれぞれの分野で新しい創作が始まっていることである。

「萌」文化だけではなく、その起源となった国家や民族がなんであれ、さまざまな文化は国境を越えて世界に広がり、それを受け入れた世代の間に一種の共感が生まれつつある。『萌的宣言』の中で声優の桃井晴子は「『萌』は性別を超え、国籍をも超えられる」と語っているが、国家や民族の優越性を誇示するよりも、そこから新しい世界観が生まれてこないかと今後を注目している。

(辻康吾・元獨協大学教授)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。

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