『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』 評者・黒木亮
著者 大西康之(ジャーナリスト) 東洋経済新報社 2000円
人材力を最大化した独自企業 カリスマ創業者の卓越と凋落
評者の友人に元リクルート社員が何人かいる。皆、溌剌(はつらつ)と明るく、元気な人たちばかりである。
一方で、同社の就職情報誌や社名などに接する機会はあるものの、全体像は今一つ掴(つか)みにくい。その不思議な会社と創業者の実像を見事にガラス張りにしたのが本書だ。
著者は、リクルートの力の源泉は、限りなく平等で、個々人の自主性を重視する人事制度であると喝破する。常に「きみはどうしたいの?」と問いかけ、社員が意見を述べると「じゃあ、きみが責任者をやってよ」と若い社員や女性にも大きな権限と責任を与える。そして彼らと東大卒を始めとする名門大学出身の社員たちを同じレベルで競わせ、両者を成長させる。昨今、女性登用が言われているが、そんなことは60年前からずっとリクルートが普通にやっていたことなのだ。
そうした人材の力で、企業としては圧倒的な体力差があったダイヤモンド社との就職雑誌戦争や、読売新聞社との住宅情報誌戦争で、リクルートは鮮やかに完勝する。読売新聞との競争では、読売の営業マンが「自分は新聞の広告で大手メーカーを担当していたのに、住宅情報誌の営業に飛ばされた」と愚痴っていたのに対し、リクルートの営業マンには会社の悪口を言う暇人など一人もおらず、ひたすら自分たちの雑誌をよくすることを考えていたという。
本書のもう一つの読みどころは、創業者である江副(えぞえ)の人間像とその変貌の軌跡である。会社がまだ小規模だった頃、週末に社員たちを逗子の自宅に招き、手料理をふるまい、油壺のマリーナでヨットを借りて、皆で遊ぶ様子が出てくる。しかし、1970年代に入ると不動産取引にのめり込み、政治家からインサイダー情報を得るのに夢中になり、株取引にも熱中する。酒量が増え、独断専行型になり、家ではゴルフクラブを振り回して暴れ、公開前のリクルート株をばら撒(ま)いて逮捕される。
バブル崩壊後、借金で首が回らなくなった江副から455億円で持ち株を買い取り、経営には一切口を差し挟まず、エネルギーあふれる企業文化を守ったのは、ダイエーの創業者、中内功だった。買収を警戒するリクルートの社員たちに向かって中内が「君らはそのままでええんや」と語りかける場面は感動的である。
本書は、その時々の経済情勢やリクルートと関わった企業についてもしっかりと肉付けがされ、重量感のある仕上がりになっている。日本の全経営者に読んでほしい、示唆と情報とドラマに溢(あふ)れた一冊である。
(黒木亮・作家)
大西康之(おおにし・やすゆき)
1965年生まれ。早稲田大学法学部卒業後、日本経済新聞社に入社。欧州総局(ロンドン)、「日経ビジネス」編集委員などを経てフリー。著書に『稲盛和夫最後の闘い JAL再生にかけた経営者人生』など。