教養・歴史書評

『図解 インド経済大全 政治・社会・文化から進出実務まで』 評者・田代秀敏

編著者 佐藤隆弘(神戸大学教授) 上野正樹(南山大学准教授)  編集協力 高口康太(ジャーナリスト) 白桃書房 3636円

あまりに多様、したたかなインド その実像を知る渾身の一冊

 インド・ルピー紙幣には、ヒンディー語と英語に加えベンガル語、ネパール語、サンスクリットなど合わせて17の言語が使われている。

 それに対して、中国・人民元紙幣に使われているのは、中国語、モンゴル語、チベット語、ウイグル語、チワン語の5言語である。

 このことが示す通り、インド経済は中国経済よりも多様である。

 そうした「多様な側面を持つインド経済の実態を網羅することを目指した」 のが本書である。

 総勢34人の研究者と実務家とが分担執筆した86項目が、第1部「アウトルック」、第2部「注目業界・テーマ」、第3部「事業展開の基礎知識」にまとめられている。インド経済の極端な多様さを反映して、内容も極め付きに多様である。

 ある項目には「インドのユニコーン企業(評価額10億ドル以上の非上場企業)数は21社で、米中に次ぐ世界第3位。うち半数には中国二大IT企業であるアリババ、テンセントが出資している」 とある。

 ところが別の項目には「価値観の違いが日本企業にとって利益を出すのが容易でないビジネス環境を生みだしている」ので、インドに進出しても「黒字になるまで5年、10年の単位で時間がかかる」 とある。

 人口配当(人口ボーナス)を享受し急成長しているのに、「2011年度から2017年度の失業率は、全体で3・7%から8・9%」 に急上昇した。都市部の15〜29歳男性の失業率は18・7%で、「自ら命を断つ高学歴の若者は後を絶たない」。

 19年の下院選挙の前には失業率の「調査を行いながら、なぜか数字を明らかにしていない」。つまり、「日本で問題となっている『統計不正問題』と重なるような工作をインド政府はしている」のである。

 実のところ、政治体制に関する項目は、前半で「選挙結果に基づく政権交代が円滑に行われる」と述べているが、後半で「連邦議会と州議会の全体の3分の1の議員に犯罪歴があり、連邦議会議員の5分の1超には殺人未遂や暴行、窃盗などの重大な犯罪歴がある」 と述べている。

「世界最大の民主主義国」 は、世界最大の犯罪者の楽園なのである。

 こうした驚愕(きょうがく)の事実が次々と示され、大冊ながら飽きることがない。

「外交にせよビジネスにせよ、インドは実利をしたたかに得る手強い交渉相手である」からこそ、「経済や社会などの実像を通じてインドを見つめ、冷静に評価するクールな視点が、今後さらに重要となってくる」とする本書は実に貴重である。

(田代秀敏、シグマ・キャピタル チーフエコノミスト)


 佐藤隆弘(さとう・たかひろ) 1970年生まれ。著書に『経済開発論 インドの構造調整計画とグローバリゼーション』。

 上野正樹(うえの・まさき) 1974年生まれ。著書に『価格・品質ポジショニングマップによる新興国市場分析』など。

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