教養・歴史書評

『「副業」の研究 多様性がもたらす影響と可能性』 評者・柳川範之

著者 川上淳之(東洋大学准教授) 慶応義塾大学出版会 2700円

本業にプラス効果もありうる 今後の働き方を考える土台に

 政府が掲げた働き方改革の中で、副業や兼業の推進は比較的大きな柱になってきた。また、新型コロナウイルス禍において、副業が注目されているという機運もある。しかし、その実情についての学術的研究が十分に行われてきたとは言い難い。本書は、そのような中で出された副業に関する本格的な研究書である。

 まず、本書で強調されているのは、「副業」と一言で言っても、それはかなり多様なものを含んでいるという点だ。学生や専業主婦の仕事の掛け持ち、自営業主の多角経営、給与所得者の副業など、本業の仕事のタイプや動機によって多様であることが示されている。

 また、「本業」と「副業」のように二つの仕事を分けず「複業」と呼ぶような働き方、自己実現や成長機会といった多様な目的を持つ副業も増えてきていることが示されている。

 本書は、これら多様で多義的な要素を持つ副業について、事例なども交えながら、丁寧にデータを把握し、経済理論による解釈を交えて、実態を説明している。

 中でも興味深いのは、経営学の分野で注目されている「越境的学習」と呼ばれるフレームワークを用いて、副業のスキル向上効果を検証している章だろう。越境的学習は、通常の職場の外での経験が学習効果を持つというものだ。働き方改革の議論の中で、副業が注目され推進されてきた要素の一つもこの点だった。

 本書では、副業がこのようなスキル向上効果を持ち、本業での賃金率を高めうることを明らかにしている。ただし、そのためには本業の職業が単純労働ではなく、管理的職業や専門的職業といった分析的職業であることや、そもそもスキル向上のために副業を行っているという「副業の保有動機」も重要な要素であることが示されている。

 副業によるスキル向上効果が必ずしも本業に対して発生していなくても、例えば副業によって自らの新たなスキルが開発されれば、副業が本業になりうる効果もある。とはいえ、限定的な条件の下ではあるが、本業に対してプラスの効果がありうることが示されたことは興味深い。

 また、副業を希望しているにもかかわらずできない状況は人々の幸福感を低下させるが、実際に副業を持つことでそれが解消される心理的影響についても分析を行っている。

 副業の実態については、リモートワークの活用が増えるなど、さまざまな変化が起きているが、だからこそしっかりとした研究の土台が築かれることには大きな意義があろう。

(柳川範之・東京大学大学院教授)


 川上淳之(かわかみ・あつし) 1979年生まれ。学習院大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。経済産業研究所リサーチ・アシスタント、帝京大学経済学部准教授などを経て現職。2017年に第18回労働関係論文優秀賞受賞。

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