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教養・歴史 書評

『学問の自由が危ない 日本学術会議問題の深層』 評者・将基面貴巳

編者 佐藤学(学習院大学特任教授) 上野千鶴子(東京大学名誉教授) 内田樹(合気道凱風館館長) 晶文社 1700円

圧力より危険な無関心 現代日本の精神的隷従を問う

 16世紀イタリアの哲学者ジョルダーノ・ブルーノは、コペルニクスの地動説を擁護して異端審問に掛けられ、火刑に処された。ブルーノは死刑宣告の執行官に対して「私よりも宣告を申し渡したあなたたちの方が、真理を前に恐怖に震えているではないか」と言ったという。

 学問的真理の追究は、いつの時代でも権力にとって目障りなのだろう。それでも、現代の日本でこれほどあからさまな形で表れるとは誰が予想しただろう。菅義偉首相による日本学術会議会員6人の任命拒否問題は、「学問の自由」の危機として日本の学界に衝撃を与えた。

 13人の研究者による短い論考から構成される本書は、日本学術会議問題の本質をくっきりと照らし出す。「学問の自由」の視点から、この事件の主要論点を長谷部恭男・杉田敦両氏の対談が過不足なくあぶり出す一方、高山佳奈子・木村草太両氏は法的問題点を明快に論じている。

 だが、問題は学界だけにとどまらない。学界と無縁なまま日常生活を営む多くの市民にとってこの事件がどのような意義を持つのかを本書は明らかにする。

 その一つは、現代日本政治の著しい劣化の兆候だということである。内田樹氏によれば、政治と学問の間の緊張関係には権力の立場からすれば高い「統治コスト」が伴う。統治コストの最小化、つまりやすやすと支配できる体制の構築それ自体が、現代日本政治の目標と成り果て、学問の自由な発展が公益に資することなど権力者の眼中にはない。日本学術会議問題は、そうした危機の氷山の一角にすぎない。

 もう一つの、さらに深刻な問題は、三島憲一・津田大介両氏が憂慮するように、この問題に対する一般市民の関心の乏しさである。無関心な傍観者は、好き勝手に権力を行使することにしか興味がない現政権の暴挙に、間接的に手を貸していることを認識していないのではないか。しかも、学者の間でさえ、特に自然科学者には、この問題の受け止め方に深刻さを欠く傾向があると津田氏は指摘する。

 こうした現状に対する認識の致命的な甘さは、私見では、現代日本人が精神的隷従状態にあることを全く自覚していないことに起因する。「忖度(そんたく)」や「同調圧力」「空気」の支配など、すべて同根である。

 日本の知的文化、ひいては市民社会の自由と独立が現政権によって脅かされていることを認識するだけでなく、行動を起こすことは焦眉(しょうび)の急である。

(将基面貴巳、ニュージーランド・オタゴ大学教授)


 佐藤学(さとう・まなぶ) 教育学者。著書に『学校改革の哲学』など。

 上野千鶴子(うえの・ちづこ) 社会学者。著書に『情報生産者になる』など。

 内田樹(うちだ・たつる) 仏文学者、武道家。著書に『コモンの再生』など。

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