教養・歴史書評

『ポジティブ心理学 科学的メンタル・ウェルネス入門』 評者・池内了

著者 小林正弥(千葉大学大学院教授) 講談社選書メチエ 2090円

公・私双方に関わる「幸福」 “善い生き方”した人ほど長寿

 なんでも前向きに考えれば必ず実現し人生はうまくいく、というポジティブ・シンキングと、ここで取り上げるポジティブ心理学とは異なっていることをまず言っておかねばならない。ポジティブ・シンキングはネガティブな側面から目をそらすことを強調し、最終的に自己責任に帰するので一種の疑似科学である。

 これに対しポジティブ心理学は、従来の心理学が精神疾患など心の不健康な状態の「治療」に集中してきたのとは異なり、心の中のポジティブな要素を意識的に伸ばして「幸福」の実現を目指す、そのためには何をするのがよいかを総合的に考える科学的な学問である。眼目に、そもそも「幸福」とは何で、何が幸福に結びつくのか、を考えることを据えている。また、幸福という状態が政治や経済のあり方と関係する「公共」的側面とも、心の持ち方というような主観的で「私」的な側面とも強く関係している。そのことに注目し、その相互連関から「ウェルビーイング」と呼ぶ良好な状態の感情的・心理的要素や条件を測定する手立てを考えようとしている。公共哲学論者であった著者がポジティブ心理学に傾倒し、幸福と「善い生き方」の連関を明らかにしようとしたのが本書である。

「修道女研究」という、何十年も前に修道院への入会時に書いた文章を調べた研究で、ポジティブな感情の度合いが高い修道女ほど長寿であったという結果が導き出されている。修道院では長期間誰もが同じ環境にあるから、各個人の内面という心理的要因が健康や寿命に決定的な影響を及ぼすと考えられ、ポジティブ感情が寿命の長短を決していることが示されたのである。同様な他の調査でも、ポジティブ感情が幸福と深く結びつき、端的には「笑う門には福来る」ということが証明されている。ポジティブ感情と幸福が、単なる相関関係ではなく因果関係にあるということなのだ。

 それをさらに敷衍(ふえん)して、ウェルビーイングを評価する要素を五つに拡大したのがPERMA理論で、P:ポジティブ感情(明るい気持ち)、E:没頭・没入(熱中度)、R:人間関係(満足度)、M:(現実生活の)意味・意義、A:(目標の)達成度、が幸福につながる重要な指標となるという。そして個人の心理状態をPERMAの五つの指標に沿って数値化し、その値が高ければ「ウェルビーイングが高い」と判断するのである。

 本書を読み、自分の生き方が本当に幸福を追求しているのかどうか、考えるきっかけとなったと言える。

(池内了・総合研究大学院大学名誉教授)


 小林正弥(こばやし・まさや) 1963年生まれ。慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別招聘教授を兼任。政治哲学、公共哲学、比較政治学が専門。著書に『非戦の哲学』『友愛革命は可能か』など。

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