経済・企業 成長戦略
脱炭素が経済成長を促す=河野龍太郎/諸富徹
グリーン成長戦略 脱炭素が経済成長を促す 企業を競わせ労働者は守る政策を=河野龍太郎/諸富徹
新規事業が育つと、既存事業と共食いとなる。それゆえ、大企業経営者はイノベーション(技術革新)に積極的になれない――。「イノベーターのジレンマ」を喝破したのは、米ハーバード大学のクリステンセン教授だが、大企業経営者に雇用維持の重い責任を課す日本では、イノベーターのジレンマはより深刻だ。だからこそ、日本経済は低成長から抜け出せない。
菅義偉政権が2020年10月に打ち出した「カーボンニュートラル2050」は、日本経済が長期停滞を脱する起爆剤となり得る。ただ、脱炭素化に向けた産業社会の構築には、衰退分野から成長分野への労働移動が不可欠であるのと同様、炭素生産性(炭素排出1単位当たりの付加価値)が低い分野から高い分野への労働移動が不可欠だ。今後の労働政策が「グリーン成長戦略」の成否のカギを握る、といっても過言ではない。
欧米で進む脱物質化
1990年代後半以降、米国はデジタル革命で脱物質化に大きくかじを切った。欧州は出遅れたが、冷戦終結後、脱炭素化に政策資源を割いた。今や欧州では、脱炭素化とデジタル化の融合で、脱物質化が加速する。一方、日本は伝統的な「モノづくりの世界」で立ちすくんでいる。
温暖化ガスの排出を減らし、経済成長を実現するには、炭素生産性の向上が必要だ。しかし、日本は排出量の減少も限られ、成長も滞る。「経済停滞の中で、排出抑制の費用がかさめば、産業は立ち行かない」「炭素税などカーボンプライシング(炭素の値付け)をむやみに用いれば、重い負担で経済成長どころではない」というのが産業界の大勢の意見だ。
しかし、欧州ではカーボンプライシングの積極活用が排出量を削減し、同時にGDP(国内総生産)を高め、炭素生産性の向上につながっている(図1)。
炭素税や排出量取引制度などエネルギー課税を合計したものを「実効炭素価格」と呼ぶが、それが高い国は、炭素削減努力がなされ、炭素生産性が高い傾向にある。実効炭素価格と有形資産投資や無形資産投資の間には、正の相関も観察される。カーボンプライシングがイノベーションや企業の資本形成を促すのである。
炭素生産性が低い企業には、重い炭素税が課される。炭素生産性の向上に失敗すれば、企業経営者は生産を抑制し、労働者の時短、解雇を迫られる。炭素生産性が向上すれば、炭素税の負担が和らぐだけでなく、炭素生産性の低い産業から徴収された税収を基にした補助金が得られ、収益率も高まる。この過程で労働力をはじめとする経済資源が、炭素生産性の高い企業にシフトするが、その調整を円滑にするのが、北欧流の「積極的労働市場政策」だ。
同一労働・同一賃金
スウェーデンでは、失業者に手厚い失業給付や住宅手当などを供与するが、支給条件は職業教育訓練の受講である。その根底には、「企業は厳しい競争にさらすが、労働者は徹底的に守る」という思想がある。脱炭素化を通じ、厳しい競争にさらされる企業は、炭素生産性を上げることができなければ、退場を求められるが、労働者は失職しても、新たな成長分野での就業が可能となるよう政府が責任を持って教育訓練を施す。脱炭素化による産業構造の変化に伴い発生する失業は、高炭素生産性分野で確実に吸収される。
そもそもスウェーデンでは、同一労働・同一賃金の連帯賃金制が取られ、それが積極的労働市場政策と相まって、衰退企業から成長企業への労働移動を促してきた。雇用形態や性別にかかわらず、地域、産業、企業を超え、同一労働に対し同一賃金が支払われるべき、という理念の賃金体系が構築されている。
所得政策として、連帯賃金が一斉に引き上げられると、それが実効炭素価格の引き上げと同様のメカニズムで産業の生産性を高めると同時に、産業構造の変化を促す。収益性の低い低生産性企業は、連帯賃金を支払うために、生産性を上げるべく変革を続けなければならず、それができなければ退出を余儀なくされる。一方で労働者は失職中、生活保障を得た上で、教育訓練を施され、新たな就業への準備を整える。
こうした労働政策が存在するからこそ、スウェーデンでは継続的な実質賃金の上昇が可能になるとともに、脱炭素化を進めつつ、生産性の高い企業を輩出してきた(図2)。負担になるはずのカーボンプライシングの積極活用を社会が広く受け入れるのも、それが産業構造転換のテコになると理解されているからだ。
さて、日本企業が新事業への参入を躊躇(ちゅうちょ)するのは増益だけでなく、雇用維持こそが企業経営者の最大の使命と見なされているからだ。変化の激しい時代だからこそ、本来なら新規事業へ積極的に参入しなければならないが、不確実性が高いため、雇用維持を考えると、経営者はリスクを取れない。
雇用責任は国が持つ
既存事業から新規事業に雇用が円滑に移動できれば問題ないが、そこではこれまでとは異なる新たなスキルが必要とされ、古いスキルでは太刀打ちできない。それゆえ、従業員が持つ既存のスキルで対応できる範囲の経営改革にとどめ、大きな飛躍をもたらす変革に経営者は尻込みする。注力するのは、コスト削減ばかりとなる。
労働生産性、実質賃金、無形資産投資、デジタル投資、そして炭素生産性の低迷がいずれも同根であるのは、これまでの議論から明らかだろう。
企業経営者に雇用維持の責任を課したままでは、既存事業を温存し、イノベーションにも脱炭素化にも対応できない。しかし、国が雇用に責任を持つのなら、既存事業からの撤退や売却で生じる雇用リストラを経営上の大きな制約と考える必要はなくなり、新たな技術の導入やビジネスモデルの変革に経営者はチャレンジできる。
収益性が低く、炭素生産性も低い既存事業を継続し、皆で低い賃金に甘んじることからも決別できるだろう。成功の鍵は、脱炭素化という巨大な変化に対して、将来展望を切り開く事業変革の姿勢を貫けるかどうかだ。
この点で最近気になるのは、「脱炭素化は日本のものづくり産業の強みを失わせる」との否定的なコメントが散見されることだ。典型的には、自動車産業である。
確かに、日本の自動車産業は「ハイブリッド車」というキラー商品を持ち、その特許の大半を押さえ、環境性能でも他国を凌駕(りょうが)する。日本のものづくりの精華といっていい。だが、世界のゲームのルールは急速に変化しつつある。脱炭素化が国際標準になれば、排出ゼロの電気自動車(EV)に対し、なおCO2(二酸化炭素)を排出するハイブリッド車は劣後する。30年以降に内燃機関をもつ自動車の販売禁止措置を導入する動きが世界で急速に広がる中、日本はどういう立ち位置で行くべきか。
トヨタ自動車社長にして日本自動車工業会長の豊田章男氏の立場は明快だ。電気自動車を導入しても、発電部門が脱炭素化されない限り、サプライチェーン(供給網)全体でみた脱炭素化は、実現しないと指摘する。
したがって、ハイブリッド車に強みをもつ日本は、その燃費を極限まで高めることで、電気自動車とは異なるルートで脱炭素化に近づくのが望ましい、というわけだ。
発電部門も脱炭素化
発電部門を考慮せず、電気自動車の比率だけを高めても意味がないという指摘は正しい。だが、それがそのままハイブリッド車の正当化につながるのだろうか。
見落としてならないのは、発電部門もまた50年までに脱炭素化が要請されており、各国とも既にその実現に向け走り出している点だ。重要なのは、車の電動化と発電部門の脱炭素化は「車の両輪」に他ならないことである。発電部門も脱炭素化される50年時点では、電気自動車に対し、ハイブリッド車を正当化するのはもはや困難になるだろう。
豊田氏の発言から透けて見えるのは、ハイブリッド車の強みをできる限り維持したいという思いだ。それとともに、内燃機関の製造こそが今後も日本に優位性をもたらし続け、産業競争力の保持につながるはずだという信念である。
だが、急速に変わりつつある世界のゲームのルールが、そうした豊田氏の思いを忖度(そんたく)するはずもない。今後、電気自動車は自動車産業の姿を垂直統合型から、それとは全く異なるグローバルな水平分業型へと転換させる駆動力となるだろう。それに抵抗して豊田氏は自ら、「イノベーターのジレンマ」に陥ろうとしているのだろうか。
真のグリーン成長戦略
これは自動車産業だけの話ではない。あらゆる産業について、脱炭素化がもたらすゲームのルールの変更にどう備えるかという話である。それに対して我々は、スウェーデンに範をとりつつ産業構造を柔軟に変えることのできる経済システムの導入によって備えるべきだ、と提案しているのだ。
コロナ禍でいまは雇用調整助成金など、現在の産業構造の温存策がとられている。さらに、グリーン成長戦略に関連して、研究開発や設備投資に対する政府補助金への期待が産業界に高まっている。
だが、既存の産業構造を温存するグリーン成長戦略では、イノベーターのジレンマを克服できず、過去30年間に繰り返してきた産業政策上の失敗を繰り返すだけに終わるだろう。企業間、産業間の労働移動を積極的に促しながら産業構造転換を促すことで、炭素生産性を高める産業政策こそが、真のグリーン成長戦略となるのだ。
(河野龍太郎・BNPパリバ証券チーフエコノミスト)
(諸富徹・京都大学大学院教授)