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小説家・平野啓一郎と作家・中野京子が指南する、web版ルーブル美術館の歩き方=サンデー毎日

サンデー毎日7月4日号・表紙
サンデー毎日7月4日号・表紙

 新型コロナの影響で美術館・博物館の観覧中止が相次ぐなか、仏ルーブル美術館は全所蔵作品およそ48万点(!)をweb上で公開した。その膨大な美術品をどう見るか。芸術やフランス文化に造詣の深い小説家の平野啓一郎氏と、『はじめてのルーヴル』の著書もある作家の中野京子氏に案内していただいた。

 ▼収蔵作品48万点!作品に関わる資料なども検索可能

 ▼PC画面上で拡大すると、作品の細部がわかる!

 ▼バーチャル美術館は芸術の裾野を広げる

 広大な美術館に世界的名画が集まる

 フランス、パリのセーヌ川沿いにあるルーブル美術館は、普段なら世界中から人が集まる華やかな場所だ。世界遺産の一部でもあり、世界最大級の所蔵作品のなかにはダ・ヴィンチの『モナ・リザ』やギリシャ彫刻『ミロのヴィーナス』など、芸術に詳しくなくても頭に浮かぶ歴史的美術品も多い。

「初めて行った時はガラスのピラミッドがまだ無くて、当時は印象派の作品もルーブル美術館にありました(現在、印象派はオルセー美術館に集まる)。とにかく広いから、数日にわたらないと館内を見切れないですね」

 絵画についてユニークに語る作家、中野京子さんは、ルーブル美術館の思い出をそう切り出した。中庭のナポレオン広場に「ルーブル・ピラミッド」ができたのは1989年のこと。クラシックな建物との調和に論争も随分と巻き起こった。現在、ガラスのピラミッドはルーブル美術館の象徴となっている。

 小説家で美術にも詳しい平野啓一郎さんが初めてルーブル美術館を訪れたのは、芥川賞を受賞した大学生の頃。その時の感想は「ものすごく立派でびっくり。明治時代に日本から初めてフランスに行った人びとは、敗北感を味わったのではと想像しました」(平野さん)。

 2004年から1年間、平野さんは文化庁の「文化交流使」としてフランスに暮らした。その時にはルーブル美術館に30回ほども足を運んだという。

「日本から訪ねてきてくれる人が結構いて、みんな必ずルーブル美術館に行きたいと言いました。1点ずつ全てを見たいけれど、広いし、床は石だから半日も歩くと足が痛くなってしまう。断腸の思いで2時間ほどで見たいものだけを見るんです。ペース配分が大事で、滞在の終わりごろには、事前に時間と見たい作品を教えてもらうと、僕はツアーコーディネーターのように導線を考えて『ガイド』ができるようになっていました(笑)」(平野さん)

 ルーブル美術館の建物の起源は12世紀の要塞だ。歴代の王が所有し、王宮として改装を重ね、美術品が集まった。

 今年3月、ルーブル美術館は所蔵品のすべて約48万点をネット上に公開した。(参考として東京国立博物館の所蔵点数は12万点)。オンラインなら歩かなくても美術品に会える。とにかく巨大なルーブル美術館の見どころを、アートに精通するお二人にご案内いただく。

 資料として充実、写真の色みも美しい

 まずは全所蔵品が見られるデータベースサイトのトップページhttps://collections.louvre.fr/en/にアクセスしよう。フランス語以外で選べる言語は英語のみ。ブラウザソフトに付属した翻訳機能を使って日本語に変換すると見やすい。そこから美術品に辿(たど)り着く方法は大きく4通り。①文字列での検索②「絵画」「彫刻」といったカテゴリーごとに見る③「ルーブル美術館の傑作」「2020年以降の購入作」といった四つのテーマアルバム④フロアマップから部屋ごとに鑑賞。

 平野さんは実際にサイトに触れてみて、「検索するには作家の名前の綴(つづ)りを知らないといけませんが」と断りつつ、「作家にまつわる手紙や使っていた家具も一度に出てきます。美術に関心が高い人にとっては資料の価値が高く、ダウンロードも簡単です。美術品は写真撮影が難しいですが、ルーブル美術館が撮影しているだけあって写真の色みが良く、信頼できます」(平野さん)

 中野さんはネット美術館のメリットを「細部まで見られる」ことだと話す。「美術館に行って本物を目の前にしても、高い場所に展示されているなどでよく見えないことがあります。でもデジタルデータなら隅々まで、例えば絵の中の鏡に何が描かれているかまで確認できます。ルーブル美術館のデジタルデータももっと拡大できるといいですね。サイトの充実を期待しています」(中野さん)

 ルネサンス一連の流れを見る、感じる

 平野さんは、ルーブル美術館の魅力の一つとして、「僕は中世からルネサンス期にかけての美術が好きだったので、その時代を一連の流れで見ることができること。日本ではなかなか体験できない」と挙げる。

 常設の展示は「一枚の絵を何度も見て理解を深められる良さがある」と平野さんは言う。企画展で海外の美術館の所蔵品を日本で見ることもできるが「来日アーティストのライブのようなもの」(平野さん)で、混み合うなかで一度見るのがやっとだろう。

「ルーブル美術館ならジョットの見応えのある作品がありますし、パオロ・ウッチェロ、ティツィアーノ、もちろんダ・ヴィンチ、ヴェロネーゼらの大作があり、歴史の動きを感じられます」(平野さん)

 中世ルネサンス絵画は、マップ1階の下側「ドゥノン翼」で見られる。有名な『モナ・リザ』もここの711室にある。「かつては間近で見られた『モナ・リザ』も、近年はオーバーツーリズムの影響で大勢の人が取り囲み、鑑賞するための行列ができているようです」(平野さん)とのことで、思う存分に鑑賞できるのも、オンラインデータベースのメリットだ。

 19世紀ロマン派代表、ドラクロワがすごい

 美術史はその後、ルネサンスを含む古典主義に対抗してロマン派が生まれる。「19世紀のロマン派はフランスの宝です。ルーブル美術館はフランス以外の美術品が多くを占めますが、ロマン派はフランスならではの作品群としてルーブルのハイライト。ルネサンス期を見てからドラクロワの作品を見ると、『頑張ったんだな』と心打つものがあります」(平野さん)

 ドラクロワの代表作といえば『民衆を導く自由の女神』。女性が青白赤の三色旗を掲げ、武器を携えた人々は同胞の屍(しかばね)を乗り越え前進する――迫力の絵だ。その作者のドラクロワが「頑張った」とは?

「ドラクロワはオーソドックスな芸術家ルートから外れた人物でした。当時、アートの中心地はイタリアで、フランスの芸術家はアカデミーからローマへ留学するのが主流でしたが、ドラクロワは一度も行かずに、自分の力で勉強した。格調高さという点において、ルネサンスの作品を真似(まね)するばかりではなく、新しい試みをしながらも立派な作品を描いたところに感心します」(平野さん)

 ドラクロワの名前で検索すると5千以上の結果が出る。ノートに描いた誰かの似顔絵や試し描き、ユーモアも感じられるイラスト風の作品があり、それらを見ると、権威ある芸術家という面とは別に、親しみも湧いてくる。

 芸術への時の評価が常に正しいとは限らない

 中野さんはルーブル美術館を訪れた時に驚いた経験がある。それは『アヴィニョンのピエタ』に対面した時。学校の美術の副読本で見たことがあったが、「本物」の絵には見たことのない人物が描かれていたのだ。それは左端の「鼻の先が赤い変なおじさん」(中野さん)。調べると、彼は絵を注文した人物で、絵を通じて歴史的場面に立ち会っていたのだった。

「この絵はもともと田舎の冴(さ)えない教会にありました。小説『カルメン』を書いたメリメが歴史建造物を調査する役人として訪問し、絵のすごさを見いだします。メリメは上司に『傑作があります』と報告しますが、上司は『そんなはずがない』と取り合いませんでした。組織ではよくあることですね。けれどメリメの死後、評判が高まり、20世紀になって大注目され、今や国宝級です」(中野さん)

 芸術と評価。そのずれと運命にまつわるエピソードをもう一つ。

「ラヴェルのピアノ曲『亡き王女のためのパヴァーヌ』は、ベラスケスの絵画『王女マルガリータの肖像』にインスピレーションを受けて作曲されました。美しい曲ですね。その美しさに女性が感動して泣きました。ところが、批評家たちは女性が気に入る音楽は大したことがないと言い、ラヴェルもだんだんと、そうかな、と思うようになったのです。時を経て、ラヴェルに認知症が出てきた頃、誰かがそれを弾いているのを耳にしたラヴェルは、『なんて美しい曲だ、誰が作ったのだろう』と言ったとか。泣けます」(中野さん)

 「絵の言葉」を知ればもっと面白い

「『目の人、耳の人』という言葉がありますが、日本人は断然『目の人』で絵が好きな人が多い。好きに加えて『絵の言葉』を知ると鑑賞がもっと面白くなります」と中野さんはいう。

「例えば『マリー・ド・メディシスの生涯』。ブルボン王朝アンリ4世に嫁いだマリーが大金を積み、自分の生涯を天才ルーベンスに描かせた連作です。うち『マルセイユ上陸』は、マリーが文化国イタリアから田舎のフランスに『来てやった』瞬間です。マリーの視線は、右側の迎え出る人物を見ていません。彼らはマルセイユとフランスを象徴した『擬人像』なので見えないのです。西洋絵画では擬人像が絵の文法によく使われています」(中野さん)

 前出の『民衆を導く自由の女神』に描かれた女性も擬人像だ。彼女は民衆を率いているが、民衆は彼女を見ていない。フランス共和国の象徴で、マリアンヌという名前の自由の女神だ。

 未来はバーチャルな美術館でランニング!?

 世界的にも、オンライン鑑賞ができる美術館は増えている。この流れは続くのだろうか。

「一つには、最近、ソーシャルメディアの影響で展示物を写真に撮る人が増えているでしょう。一枚の絵の前の滞在時間が長くなり、美術館全体の混雑の原因にもなっている。その解消のために美術館はネットで公開をしているのかもしれません」(平野さん)

 さらにメトロポリタン美術館などいくつかの美術館は、バーチャルリアリティー技術を使い、オンラインで館内巡りができるようにもしている。

「美術館とフィットネスマシンが連携すればいいと思うんです。美術館に行くと、ものすごく歩くでしょう。ヘッドセットが重たすぎるなどの課題はありますが、バーチャルなら館内を走ることもできますね」(平野さん)

 恐ろしく贅沢(ぜいたく)な気もするけれど、なるほど、近い未来に芸術が健康増進のカギになるかもしれない。

「複製が増えるほど『本物を見たい』という要求はかき立てられるので、フィジカルな美術館の価値は高まるでしょう。また外国に行く、人混みに出かけることが難しい人もいますから、バーチャルな美術館が、広く芸術へのアクセスの助けになることはとても重要だと思います。

 素晴らしいルーブル美術館ですが、何度も行くと、『やっぱり何か他のことがしたい』という当時のアーティストの気持ちがわかってきます。それで次時代の19世紀以降の作品を集めたオルセー美術館、さらにモダニズムのポンピドゥー・センターに行くのですが、それは歴史の追体験になります。

 僕は飽きてしまうという気持ちがないところで見よう見まねをした作品が人の心を捉えることはないと思うのです。『散々見てきた』ということに対して、その先で何をするかという心境を理解することが、生きた美術史の体験だと思います」(平野さん) まだしばらくは海外への渡航も難しい日々が続きそうだ。ネット美術館という体験で芸術に興味を持ち、少しでも心を潤したい。(構成/三村路子)

 ▼ルーブル美術館コレクションのトップページLouvre site des collections(https://collections.louvre.fr/en/)

美術館で公開されている作品、およびフランス北部の保存施設に収蔵されている作品などを無料で公開。作品を見られるだけでなくダウンロードも可能。フロアマップで、ある部屋をクリックすると、その部屋に展示されている作品が表示される。美術館は昨年10月から閉館していたが、厳しいコロナ対策規制のもとで5月19日から再開している

作家・中野京子(なかの・きょうこ)

 北海道生まれ。ドイツ文学者。著書に『怖い絵』シリーズ(角川文庫)、『名画の謎』シリーズ(文春文庫)、また『はじめてのルーヴル』(集英社文庫)など。2017年、上野の森美術館にて「怖い絵」展監修。今年、初のエッセー集『そして、すべては迷宮へ』(文春文庫)、また『異形のものたち』(NHK出版新書)、『名画で読み解く プロイセン王家 12の物語』(光文社新書)、『大人のための「怖いクラシック」オペラ篇』(角川文庫)刊行

小説家・平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)

 1975年生まれ。高校生の頃は地元の北九州市立美術館、福岡県立美術館に通う。1999年、京都大学在学時に『日蝕』(新潮社)で芥川賞を受賞。2014年、国立西洋美術館のゲストキュレーター、フランス芸術文化勲章シュヴァリエを受章。『マチネの終わりに』は映画化されロングセラー。今年5月、近未来の日本を舞台に、バーチャルフィギュアで亡き母を再生した息子の物語『本心』(文藝春秋)刊行

 6月22日発売の「サンデー毎日7月4日号」は、他にも「菅義偉支持 令和のキングメーカー安倍晋三 首相返り咲きの野望」「しなくていいダイエット 小太りが一番健康で長生き!」「大胆予測!今年くるカレーはこれだ ナイル3代目×東京スパイス番長×東京カリ~番長」などの記事を掲載しています。

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