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塩崎恭久(70)引退に見る科学軽視の日本政治の貧困=鈴木哲夫〈サンデー毎日〉

塩崎恭久氏
塩崎恭久氏

 なし崩しのコロナ対策に東京五輪開催。データを示さず、疑問にも答えず、重要政策を進めていく、我が国の政治の〝貧しさ〟に、国民の不安や不満は募るばかりだ。そして、科学やデータを重要視して政治と向き合ってきたベテランが一人、政界を去るという。

 コロナ対策と東京五輪での決定的「欠落」

「取り組んできた重要な政策課題が形になり、政治活動の区切りがついた。ポストコロナで若い世代の発想と力が必要」

 6月19日、自民党のベテラン衆院議員・塩崎恭久氏(70)が今秋までに行われる次期衆院選に出馬せず、引退することを表明した。選挙区の松山市での記者会見では「病気の妻の体調も考え、2人の時間も大切にしたい」とも語った。ただ、他に複雑な地元事情なども絡んでいるかもしれない。

 塩崎氏は日本銀行勤務を経て1993年、父潤氏(元総務庁長官、故人)の地盤を引き継ぎ、旧愛媛1区から出馬して初当選。その後、参院議員にくら替えしたが、2000年に再び衆院愛媛1区で当選して現在8期だ。安倍第1次政権で官房長官、第2次政権では厚生労働相なども務めた。

 塩崎氏を初めて一対一で取材したのは07年。第1次安倍政権の内閣改造で官房長官を外れた時だった。

 改革を目指した安倍政権だったが、党内の長老や霞が関官僚らの反発を買った。官房長官の塩崎氏は先頭に立って官僚とけんかをし、長老らには密(ひそ)かに国会図書館の片隅で根回しした。しかし、安倍首相は外圧に耐え切れず、共存のため人事で妥協した。改革の急先鋒(せんぽう)で「生意気だ」「混乱の原因だ」などと批判されていた塩崎氏を代えたのだ。

 当時、私は月刊誌に「なぜ安倍首相はおともだちを切ったのか」と改革の頓挫をリポートした。塩崎氏に会ったのはその時。首を切られ、不満の一つも出るかと思いきや、一切口にしなかったのが印象的だった。

 その後14年間、塩崎氏を取材してきた。引退に当たり、あえて塩崎氏の足跡を取り上げるのには大きな理由がある。感傷でもノスタルジーでもない。それは塩崎氏が科学やデータを極めて重要視する政治家だからだ。今、新型コロナウイルスや五輪への対応で政治に最も欠けているのが、正にここだ。それを塩崎氏は実践してきた数少ない政治家だからだ。

「おい、あのデータがあったよな。持ってきて、すぐ」

 そう言われ、政策秘書が別室に走り、A4サイズの何枚もの資料を持ってくる。それを私に見せながら、塩崎氏は「ほら、ここにあるように……」と政策の裏付けとなる細やかなデータを示して説明を始める。議員会館事務所でのいつもの取材光景だった。

 塩崎氏が本部長を務めた党の特別機関で、彼を補佐した自民党中堅議員が苦笑しながら話す。

「とにかく検証データや科学的な根拠、それに多くの有識者を呼んだり、論文とかをベースに議論する。若い議員はついていけないし、口の悪い長老は『面倒くさいんだよ』などと陰口を叩(たた)く。でも科学のない政治は説得力がゼロ。最後まで支えて提言をまとめた」

 旧民主党に政権が交代した後、塩崎氏がまず取り組んだのは原発だった。

 東日本大震災で起きた東京電力福島第1原発事故。行政が自ら調査しても身内の調査で終わってしまう。国会・立法府はここで黙っていていいのか。そこで、政府から独立した組織で究明すべきだと、憲政史上初めて国会に民間専門家による原発事故調査委員会を設置する法律を成立させた。党政調会長代理だった塩崎氏は、その中心だった。

 法案の基になった資料は、原発の歴史から今回の事故の検証・分析など、5カ月以上かけて調べ上げた科学的知見やデータが20ページにわたり、びっしりとまとめられていた。

 厚労相としては受動喫煙問題に取り組み、関連法改正を目指した。それは公共施設だけでなく、飲食店なども広範囲に喫煙を制限しようとするもの。当時、塩崎氏は「世界的に受動喫煙防止は常識。日本は遅れている」と語っていた。

 「科学より政治判断」の日本の土壌

 ところが、抵抗したのは自民党の愛煙家たちだった。党のたばこ議連の臨時総会では「たばこは禁止薬物ではなく合法的な嗜好(しこう)品だ」「喫煙を楽しむことも憲法で認められている幸福を追求する権利だ」と憲法まで持ち出される始末。塩崎氏は科学で対抗した。受動喫煙について、影響など徹底した科学的データや世界の研究も併せて危険性を示した。だが、最後に科学は敗れる。党の協力を得られず規制内容は後退した。

 厚労相を終えた後も児童虐待問題に取り組んだ。超党派の勉強会を主催して会合を重ね、児童虐待に関連するあらゆる分野の有識者や民間団体代表、行政担当者を招いて徹底して勉強。膨大な知見はデータ化され、これを基に児童福祉法などの改正につなげた。

 塩崎氏は新型コロナでも科学を最重要視した提言をしてきた。あらゆる場所で「『8割接触削減』と言っても科学的根拠は不明確。国民が納得する説明とは、一つ一つの政策決定や提言に際し、参考資料でいいので科学的でデータを伴うエビデンスをきちんと示すべき」と訴え続けていた。

 コロナ対策や東京五輪への国民の不信感の要因は、こうした科学の欠如にある。なぜ緊急事態宣言を発出か。なぜ酒は午後8時までか。五輪もそうだ。感染状況が「ここまでならやる」「これを超えればやらない」と、なぜ科学的知見による数字を示さないのか。観客上限1万人の根拠は何なのか。挙げればキリがない。科学的な基準や数字がないから国民は政治を疑う。

 研究者出身の公明党ベテラン議員もコロナ対策の取材の際に、こう言った。「日本の政治の土壌です。科学より政治判断。私のような学者出身の政治家は『ああ、また何か、小難しいこと言ってる』と言われる。科学者の政治家で永田町で出世した人も少ない」

 新型コロナや五輪は決定的に科学が欠けている。今こそ変えなければならない。だからこそ、実践してきた塩崎氏の引退を惜しむ。

すずき・てつお

 1958年生まれ。ジャーナリスト。テレビ西日本、フジテレビ政治部、日本BS放送報道局長などを経てフリー。豊富な政治家人脈で永田町の舞台裏を描く。テレビ・ラジオのコメンテーターとしても活躍。近著『戦争を知っている最後の政治家 中曽根康弘の言葉』『石破茂の「頭の中」』

「サンデー毎日7月11日号」表紙
「サンデー毎日7月11日号」表紙

 6月29日発売の「サンデー毎日7月11日号」には、他にも「衆院選 菅自民20減、都議選 都民フ1ケタも 選挙のプロがダブル予測」「家計埋蔵金36兆円が狙われる 経済のプロ座談会」「短期集中シリーズ しなくていいお葬式」などの記事も掲載されています。

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