教養・歴史書評

法曹界のレジェンド、再任拒否された宮本康昭氏のオーラルヒストリー=黒木亮

『再任拒否と司法改革 司法の危機から半世紀、いま司法は』 評者・黒木亮

著者 宮本康昭(弁護士) 大出良知(弁護士、九州大学名誉教授) 日本評論社 2200円

「司法の独立」訴えた生涯 政治の介入に警鐘鳴らす

 大学で法律を学んだ人なら、宮本康昭という名前を知らない人はいないだろう。憲法の講義で、最初のほうに聞く名前である。

 1971(昭和46)年、熊本地裁判事補だった宮本氏は、自衛隊の合憲性が争われた長沼ナイキ訴訟をめぐる全国的な騒動の中、突如として裁判官再任を拒否された。憲法で保障された裁判官の独立が脅かされる「司法の危機」の時代の幕開けだった。

 再任されなかった宮本氏は、兼務していた簡裁判事の身分で裁判所にとどまり、内部から裁判官の身分保障と司法の独立を訴える道を選んだ。

 その2年後、弁護士に転じ、日弁連の主要メンバーとして長きにわたって司法改革を推し進めていく。85歳の今も、弁護士として、市民のための司法実現に取り組んでいる。

 その法曹界の“レジェンド”のオーラルヒストリーが本書だ。

 満州からの引き揚げ、任官拒否前後のこと、「ブルーパージ」と呼ばれた青年法律家協会所属裁判官への弾圧、90年に中坊公平氏を日弁連会長に担ぎ出した経緯、中坊氏以降歴代会長の下で推し進めた司法制度改革に関するやり取りや反省点などが、詳細に語られている。

 中でも、青法協会員の再任拒否のうわさが出たとき、「(修習十三期の判事補の)再任拒否があるとすれば一番は守屋克彦(当時、東京家裁)、二番が宮本、三番は鈴木悦郎(同、大分地裁)、あとは全員四位タイ」といわれた中で、宮本氏一人が再任を拒否されるに至った経緯や、最高裁人事局長として再任拒否に手を下した矢口洪一氏(のち最高裁長官)との後年の対峙(たいじ)などが興味深い。

 平成の司法制度改革については、日弁連、自民党、最高裁、法務省の綱引きの中で、司法に対する国民の不満を原動力に、国民の司法参加(裁判員制度)、弁護士・裁判官数の増加、弁護士任官の増加、法律扶助制度の拡充、下級裁判所裁判官指名諮問委員会の設置といった成果を実現していく過程が明らかにされる。

 非常に気になるのが、宮本氏も本書の後半で指摘する通り、近年、政権与党による辺野古訴訟、内閣法制局長人事、最高裁判官人事などへの介入が目立つことだ。「新たな司法の危機」を迎えているような状況で、対処の必要性を痛感させられる。

 本書は10年の歳月をかけて、宮本氏から聞き取ったものである。本人の率直な語り、法律の専門家である大出氏の的確で詳細な質問、そして丁寧な編集が、関係者待望のオーラルヒストリーを実現した。

(黒木亮・作家)


 宮本康昭(みやもと・やすあき) ひめしゃら法律事務所所属。熊本簡裁判事を経て1973年から弁護士に。現在は法テラス東京副所長を務める。

 大出良知(おおで・よしとも) 同じくひめしゃら法律事務所所属。九州大学のほか東京経済大学名誉教授も務める。

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