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「脱炭素」が引き起こすインフレに備えはあるのか

週刊エコノミスト7月13日号の表紙
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 国際エネルギー機関(IEA)が5月18日に発表した脱炭素実現への行程表を示したリポートが物議を醸している。2050年までに二酸化炭素(CO2)など温室効果ガス(GHG)の排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」(炭素中立)を実現するためには、世界各地の「石油や天然ガスを採掘する新規開発投資を中止すべきだ」と呼びかけているからだ。これに2大産油国の閣僚がかみついた。

 ロシアのノバク副首相は、第二の都市サンクトペテルブルクで開かれた6月3日の会合で、「原油への新規投資を中止すれば、原油価格は(1バレル=)200ドルを超えるだろう」と述べた。原油価格の国際指標であるWTI原油先物は昨年4月、新型コロナウイルス禍の需要急減を受けて一時、マイナス価格を付ける異常事態となったが、足元では1バレル=73ドル台へと上昇。このまま脱炭素へ突き進めば、08年7月の史上最高値147ドルを一気に突き抜けるとの警告だ。

「エネルギー危機」に

 OPEC(石油輸出国機構)の盟主であるサウジアラビアのアブドルアジズ・エネルギー相も6月1日、同リポートについて、「映画『ラ・ラ・ランド』の続編だろう」とジョークを飛ばした。ハリウッドを舞台にした米ミュージカル映画が描いた「夢を追う男女」に例えて、新規投資の中止は現実離れしているとの皮肉を込めたコメントだ。

 エネルギー市場に詳しい独立行政法人経済産業研究所の藤和彦コンサルティング・フェローは、「IEAはコロナ禍以前に、近年は原油への投資が不足しており、投資を増やす必要性を強調していた。ところが、5月に発表したリポートは、従来の考えとは正反対のことを述べている。新規開発投資を抑制する状況を放置すれば、世界全体でエネルギー危機が起こりかねない」と懸念を示す。

 急速に進む脱炭素化の流れに対し今、高まっているのがインフレへの懸念だ。世界最大の米資産運用会社ブラックロックのローレンス・フィンク最高経営責任者(CEO)は今年6月、オンラインで開かれた金融セミナーで「グリーン社会を実現することが我々の(気候変動問題の)解決策だとすれば、インフレはずっと加速し、いずれ大きな政治問題になるだろう。これをすべて全うする技術を我々はまだ持たないからだ」と述べた。

銅は史上最高値記録

 足元では原油をはじめ資源や穀物価格が急騰しているが、新型コロナウイルス禍からの需要急回復だけが要因ではないだろう。石油代替のバイオ燃料ともなるトウモロコシ価格は現在、昨年6月末に比べ71%も上昇し、大豆価格も52%上がった。また、出力が変動する太陽光や風力を大規模に導入するためには、銅が原料となる送配電網の増強が必要だが、銅の国際指標価格となるロンドン金属取引所(LME)の銅3カ月先物は今年5月、一時1トン=1万250ドルを付け、過去最高値を更新した。

 菅義偉首相が昨年10月、50年のカーボンニュートラル達成を表明した日本。将来の電源構成を議論する資源エネルギー庁の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会で今年5月、50年に再エネを100%導入した場合、発電コストが1キロワット時当たり現行の13円程度から53・4円と、4倍にはね上がる試算がある研究機関から提示された。再エネ推進団体の関係者から「極端だ」との指摘も出ているが、再エネの導入拡大で電気料金にさらなる上昇圧力がかかることは否めない。

 実際、再エネ電力の固定価格買い取り制度(FIT)に基づく家計負担は年々増加しており、経産省の今年3月の発表によれば、FITに基づく家計負担は今年度、標準世帯で1万476円と初めて1万円を突破する見込みだ。そして、こうした電気料金の上昇は、低所得の世帯ほど被る影響が大きくなる。また、エネルギー価格の上昇は産業の空洞化を招く恐れもあり、ひいては日本の競争力や地域の雇用にも深刻な打撃を与えかねない。

 7月5日発売の『週刊エコノミスト』(7月13日号)では、特集「脱炭素の落とし穴」を展開しています。この先の地球環境を考えて脱炭素の取り組みは必要だとしても、十分な備えもないまま突き進めば、取り返しのつかない事態を引き起こします。都道府県別の脱炭素の影響度や、日本のエネルギー安全保障に与える影響、自動車や鉄鋼、化学産業が直面する課題、再稼働が一向に進まない原発の現実など、多角的な視点から脱炭素を見つめ直しています。ぜひご覧ください。

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