EV時代の到来を見すえ10年前からリチウム確保に走っていたトヨタグループの商社、豊田通商の用意周到な資源戦略
インタビュー 片山昌治・豊田通商金属本部COO(最高執行責任者) リチウムの世界生産シェアは1割強
世界の自動車メーカーが脱炭素に向けて電気自動車(EV)にシフトする中、その動力となる高性能電池にはリチウムが欠かせない。日本で唯一権益を持つ豊田通商の片山昌治金属本部COOに聞いた。
(聞き手=金山隆一・編集部)
豊田通商は2010年に豪州の資源会社オロコブレと共同でリチウムの開発に向け事業化調査を開始した。12年には事業投資を実行し、アルゼンチンのオラロス塩湖のかん水から天日干しで炭酸リチウム(粗原料)を年1万7500トン生産するプロジェクトを立ち上げた。豊田通商が25%を出資するが、販売権は100%保有している。リチウム資源の権益を持つ企業は、日本では当社しかない。(儲かる金属)
EVに不可欠
18年末には年2万5000トンの拡張に総額約3億ドル(約330億円)を投じ、年4万2500トンに増産することを決め、現在工事中だ。20年の世界のリチウム需要は炭酸リチウム換算で約32万トン。拡張後は、当社の生産能力は世界の1割強を占める。
22年には福島県楢葉町でオラロス湖の炭酸リチウムを水酸化リチウムに加工する年産1万トンの工場も立ち上げる。
高性能のEVなど電動車用電池の正極材には水酸化リチウムは欠かせないが、空気に触れると劣化する。需要地に近いところで生産し、日本だけでなく韓国などアジアにも輸出する。水酸化リチウムの国産化は日本初の試みだ。
世界の自動車メーカーはカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出実質ゼロ)に向け、EVへのシフトを明確にしたが、試算されている30年に1000万台や2000万台といったEV生産は、必要な資源を確保しない限り実現はできない。
100万台の高性能EV(60~70キロワット時の電池搭載)に必要な炭酸リチウムは約6万トン、1000万台なら約60万トンが必要で、現在の世界の生産能力を2倍にする必要がある(注:リチウム1に対し、炭酸リチウムは5.32必要)。実現不可能な数字ではないが、既存の事業の拡張だけでなく、多くの大型新規プロジェクトの開発が必要だ。これが2000万台となると、実現のハードルはさらに高くなる。
同じ正極材に使われるコバルトは、コンゴ民主共和国1国に偏在している。資源制約という点ではリチウム以上にリスクが高い。このためコバルトフリーの電池の開発は進んでいる。しかし、リチウムは電池材料の母材であり、製造に欠かせない原料だ。実現が期待される全固体電池もリチウムイオン電池だ。リチウム以外にも電解液などに使われるフッ素の原料となる蛍石や負極に使われる天然黒鉛の需要も急増するが、これらは中国に偏在している。
資源確保に動くテスラ
EV用電池で世界最大手の中国の寧徳時代新能源科技(CATL)や米テスラも上流資源の確保に乗り出している。リチウムは資源量としては、地球上に十分に存在するが、コストと需要に見合う効率的な生産が可能かが問題となる。上流から中流、下流に至るサプライチェーン(供給網)をどう構築していくかが重要だ。
リサイクルも重要になる。欧州では電池のリサイクル率の義務化を検討し始めた。リチウムイオン電池は廃棄電池が持つ資源価値に対し、処理コストが見合わず、将来廃棄物となりかねない。電池から資源を回収し、再利用を推し進めるには国家的なインセンティブが必要だ。
米欧中にも対抗できるよう政策で働きかける必要がある。このため4月1日には国内の電池関連産業の国際競争力強化を目指す団体として「電池サプライチェーン協議会(BASC、会長は住友金属鉱山の阿部功執行役員)」を設立し、私は副会長に就任した。
7月末までに政府への政策提言をまとめるほか、国際標準化機構(ISO)規格など国際規制やルールにも対応していく。