経済・企業漂流する原子力政策

「アンモニア発電」が原発に突き付けた“引退勧告”の重み

Jパワーが建設を進める大間原発=青森県大間町で2018年3月6日、佐藤裕太撮影
Jパワーが建設を進める大間原発=青森県大間町で2018年3月6日、佐藤裕太撮影

 地球温暖化ガスの排出ゼロのゲームチェンジャーとして「アンモニア発電」が急浮上している。この排出ゼロの秘密兵器は、原子力発電の存在意義を打ち消すという意味で、日本のエネルギー政策に大きな影響を及ぼすことを忘れてはならない。

日本の電源構成に突然浮上したアンモニア火力

 昨年10月に菅義偉総理大臣は、就任後最初の所信表明演説で、2050年に国内の温室効果ガスの排出量を「実質ゼロ」にする方針を打ち出した。この「カーボンニュートラル宣言」は、国内外で、サプライズとともに共感を呼んだ。

 そして2カ月後の昨年12月、日本政府は、あくまで議論を深めていくための「参考値」としながらも、2050年の電源構成(電源ミックス)について、「再生可能エネルギー5~6割、水素・アンモニア火力1割、その他のカーボンフリー火力および原子力3~4割」とする目安を示した。

 このうちの水素・アンモニア火力は、燃焼時に二酸化炭素を排出しないカーボンフリー火力の一種だとみなすことができる。

アンモニアの製造・輸送・利用の流れ(出所)燃料アンモニア導入官民協議会
アンモニアの製造・輸送・利用の流れ(出所)燃料アンモニア導入官民協議会

菅首相の前にJERAが実質ゼロ宣言

 菅首相の所信表明演説について見落としてはならない点は、その直前にJERAつまり東京電力と中部電力との折半出資会社が、2050年までに二酸化炭素(CO2)排出量実質ゼロ化をめざす方針を明らかにしたことである。

 日本最大の火力発電会社であるJERAがカーボンニュートラル方針を表明したため、所信表明演説のリアリティがある程度担保されることになった。

社会実装のリアリティが見えたアンモニア火力

 JERAの方針は、アンモニアを活用することによって火力発電のゼロ・エミッション化をめざすという新機軸を打ち出したものであった。

「カーボンフリー火力」という概念はそれ以前から存在していたが、火力発電の最大手がその追求を公式に表明したことによって、社会的実装への期待が一挙に高まったと言える。

再エネの深刻なボトルネックとその克服

 これまで、再生可能エネルギー電源の利用拡大によるカーボンニュートラルの達成には、一つの大きなボトルネックがあった。

 今後伸びシロが大きい再エネ電源は風力と太陽光であるが、これらは出力変動が激しいため、電力系統に負担をかけないよう何らかの形でそれらをバックアップする調整装置が必要不可欠となる。出力調整装置として蓄電池への期待が高まっているが、コスト面でも、サプライチェーン面でも、まだまだ不確実性が大きい。

 そうなると出力調整装置としては火力発電にたよらざるをえないが、火力は二酸化炭素を排出するからカーボンニュートラルは実現できない。これが、従来存在していたボトルネックである。

 しかし、アンモニアを燃料とする「カーボンフリー火力」の登場は、このボトルネックを解消する意味合いをもつ。

「カーボンフリー火力」を出力調整装置として使えば、再エネ電源の利用拡大によるカーボンニュートラルの達成が可能となる。アンモニア発電こそが、ゲームチェンジャーとなったのである。

「脱化石は原発に追い風」は“希望的観測”

 菅首相のカーボンニュートラル宣言を受けて、原子力推進派のあいだには、ゼロ・エミッション電源である原子力発電にも追い風が吹くという「希望的観測」が広がっている。

 しかし、この見方は「期待はずれ」に終わるだろう。なぜなら菅政権は安倍前政権と同様に、「原発のリプレース(建て替え)を避ける姿勢」を崩していないからである。

 たしかに政府は、昨年末に発表したグリーン成長戦略のなかで「原子力産業」を重点分野の一つに位置づけ、小型モジュール炉(SMR)、高温ガス炉、核融合の開発に取り組む方針を打ち出した。

 しかし、原発の新増設・リプレースを行わないという既定路線に変更はない。

新潟県の東京電力柏崎刈羽原発=2017年9月、本社ヘリから西本勝撮影
新潟県の東京電力柏崎刈羽原発=2017年9月、本社ヘリから西本勝撮影

2050年までに新しい原発はもうできない

 新しい原子炉の建設・稼働には少なくとも30年前後の歳月を必要とするから、現時点ですぐに新増設・リプレース方針を打ち出さなければ、2050年には間に合わないことになる。

 つまり、「技術開発はするが国内には作らない」というのが政府方針であり、実際には「絵に描いた餅」の域を出ない話だということになる。

2069年に原発はゼロになる

 現時点で存在する33基の原子炉について言えば、建設中の中国電力・島根3号機と電源開発・大間(青森県)は、運転開始時期が未定のため、ここでは議論から除外するが、33基のすべてについて運転期間の60年間への延長が認められたにしても、2050年末に稼働しているのは18基にとどまる。

 その後、短期間のあいだに、稼働中の原子炉基数は急減する。2060年末には5基(北海道電力・泊3号機、東北電力・東通/女川3号機、中部電力・浜岡5号機、北陸電力・志賀2号機)、2065年末には2基(泊3号機、志賀2号機)となり、2069年12月に北海道電力・泊3号機が停止すると、皆無となる。

 政府が新増設・リプレースを回避する方針を変えていない以上、2050年以降次々と廃炉に追い込まれる原子力は、「脱炭素の有力な選択肢」にはなりえないのである。

島根原発3号機(手前)。奥左は1号機、奥右は2号機=松江市で2018年8月2日、本社ヘリから望月亮一撮影
島根原発3号機(手前)。奥左は1号機、奥右は2号機=松江市で2018年8月2日、本社ヘリから望月亮一撮影

電源構成における奇妙な原発の位置づけ

 ここで注目したいのは、政府が2020年12月に示した2050年の電源構成の参考値において、原子力の比率を、水素・アンモニア火力以外のカーボンフリー火力の比率と一括して、3~4割とした点である。

 この一括視は、明らかに奇妙である。

 水素・アンモニア火力を大規模に導入するためには、再生可能エネルギー発電と結びつけて水の電気分解を再エネで行い水素を生産するグリーン水素・グリーンアンモニア以外にも、天然ガスなどから水素を生成し、そのときに発生するCO2を回収・利用、貯留する「CCUS技術」を使って「二酸化炭素フリー」の措置を講じて調達するブルー水素・ブルーアンモニアを大量に活用せざるをえない。

 つまり「水素・アンモニア火力以外のカーボンフリー火力」とは、CCUSに立脚した火力発電、例えば石炭火力発電から排出されるCO2をCCSによって地中に埋め戻すといった対応だ。

 つまり、「水素・アンモニア火力以外のカーボンフリー火力」と一括されるべきは水素・アンモニア火力であって、原子力ではない。

 本来のめざすべき電源構成は、「再生可能エネルギー」/「水素・アンモニア・CCUSによるカーボンフリー火力」/「原子力」と分類すべきだったのだ。

「原発は1割以下」の現実を隠したかった政府

2050年のリアルな電源構成
2050年のリアルな電源構成

 にもかかわらず、政府はあえて、「再生可能エネルギー」/「水素・アンモニア火力」/「それ以外のカーボンフリー火力と原子力」という奇妙な3分割を採用した。

 もし、「原子力」を単独で取り出していたとすれば、現時点で新増設・リプレースを避けている以上、2050年の電源構成に占める原子力の比率が1割以下にとどまる事実を隠すことはできなかったことであろう。

 政府は、原子力施設立地自治体などに配慮して、そのような事実が表面化することを避けたかった。水素・アンモニア火力以外のカーボンフリー火力と原子力とを一括するという奇策に出た背景には、このような事情が存在する。

 そもそも、政府公約の「再生可能エネルギーの主力電源化」とは、言い換えれば、「原子力発電の副次電源化」ということだ。新増設・リプレースが現時点で打ち出されていない以上、われわれは、日本の原子力の未来について、きわめて厳しい見方をとらざるをえない。

原発の存在意義を打ち消したアンモニア

 ここまで、①「2050年にカーボンニュートラルを実現するうえでのゲームチェンジャーとなったのは、カーボンフリー火力であるアンモニア発電」であり、②「政府が新増設・リプレースを行わない以上、原子力発電は“脱炭素の有力な選択肢”にはなりえない」--という2点を明らかにしてきた。

 ここで注目すべき点は、この①と②は密接に関連しており、①が②を促進・増幅することである。

 今日、原子力発電が有する最大のメリットは、CO2を排出しないゼロ・エミッション電源だという点にある。

 しかし、アンモニア発電が普及すれば、この原子力発電のメリットはカーボンフリー火力によって代替可能となる。

 しかも、安全性の点でも出力調整能力の点でも、アンモニア発電は原子力発電より優れている。

 やや強めの表現を用いれば、CO2排出ゼロのアンモニア発電が原子力発電に「引退勧告」を突きつけたとも言えるのである。

アンモニアの実力に気づいていた電力会社

 多くの電力会社は、このような事情を数年前から認識していたのではあるまいか。

 先に「「カーボンフリー火力」という概念はそれ以前から存在していた」と記したのは、2020年10月のJERAの「火力発電ゼロ・エミッション化」方針発表以前に、日本の石炭火力発電所において、アンモニア混焼の実機試験がすでに行われていたからである。

 2017年7月に中国電力が水島発電所2号機で行ったアンモニア混焼試験が、それである。

 中国電力は、1年後に試験の結果について「特に問題となる事項はなかった」とし、関連特許を出願したうえ、「さらに混焼率を上昇させる場合」もありうると発表した(中国電力株式会社エネルギア総合研究所「水島発電所2号機でのアンモニア混焼試験の結果と今後」、2018年11月21日)。

原発に対する否定的影響への“忖度”

 しかし、このアンモニア混焼試験の成果は、大々的に対外発信されることはなかった。

 そこには、原子力発電への否定的な影響を気にする一種の「忖度」が働いたのではあるまいか。

 それに対してJERAは、アンモニア発電による「火力発電ゼロ・エミッション化」方針を、大々的に対外発信した。

 なぜならJERAは、火力発電専業会社であり、社内に原子力部門を有しないからだ。

“原発脳”から解放されたJERA

JERAの排出ゼロロードマップ(出所)燃料アンモニア導入官民協議会資料
JERAの排出ゼロロードマップ(出所)燃料アンモニア導入官民協議会資料

 発送電分離後の日本の電力業界においても、目下のところ、旧態依然とした「原子力依存型」のビジネスモデルが支配的である。大半の旧一般電気事業者は、原子力発電所の再稼働を最重点課題としている。

 原発再稼働は、収益効果が大きいだけでなく、電気料金引下げを通じて電力市場での競争優位確保を可能にするからである。

 原発再稼働をはたした関西電力・九州電力・四国電力が「電力業界の勝ち組」とみなされているゆえんである。

 しかし、3.11(東京電力・福島第一原子力発電所事故)以前と同じ「原子力依存型」モデルからは、新機軸は生まれない。

 福島事故でゼロベースからの改革を迫られてからすでに10年の歳月が経ったにもかかわらず、いまだに「昔の名前で出ています」式の発想に固執していては、電力業の未来は閉ざされたままである。

残された大きな課題「原発の安楽死」

 そのような閉塞感が漂う状況を突き破るように、今回、JERAがゲームチェンジャーとして登場したことの意義は大きい。

 同社は、「原子力依存型」モデルをとらない「原発脳」から脱却した電力会社である。

 このことは、電力業界において原子力から自由に物事を考えることがいかに大切であるかを教えている。

 原発脳から解放されただけで、これだけの新機軸を打ち出せたことは事実である。

 しかし、一方で、「いまある原発の処遇と事故の賠償をどう進めるか」、「廃炉をどう進めるか」、「使用済み核燃料をどう処理していくか」、そして「原発に依存してきた自治体をどうソフトランディングさせるか」、という3.11後に日本が抱えた大きな課題は、すべて未解決の状態で残されたままである。

我々は、その現実を冷徹に認識したうえで、その解決に立ち向かっていかなければならない。

(橘川 武郎・国際大学大学院国際経営学研究科教授)

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