週刊エコノミスト Online 脱炭素の切り札
立ち上がる巨大市場「燃料アンモニア」にかける三菱商事と三井物産の勝算
ゼロから年間3000万㌧の巨大市場へ変貌とげるアンモニア
経済産業省の「燃料アンモニア導入官民協議会」は2月8日、現在の需要はほぼゼロである燃料アンモニアを、2030年に300万㌧、50年に3000万㌧導入するロードマップを公表した。
アンモニアは燃焼時に二酸化炭素を出さないため、「ゼロエミッション燃料」と呼ばれる。
現在、日本でのアンモニア消費は年間100万㌧で、主に肥料や産業向けに使われる。
しかし、燃料アンモニアの需要はほぼゼロ。
10年間で現在の年間需要の3倍に相当する巨大市場が新たに立ち上がることになる。
商社の中で、新市場でのキープレーヤーとなりそうなのが三菱商事と三井物産だ。
週刊エコノミスト2月22日発売号では「水素・電池・アンモニア」(仮題)を特集する。特集に先立ち、発電や船舶燃料に使う「燃料アンモニア」を巡る商社の動きを紹介する。
脱炭素の切り札
アンモニアは①天然ガス中のメタン(CH4)や石油製品であるナフサなど、炭素と水素から成る物質(炭化水素)と水蒸気を化学反応させ、水素と一酸化炭素に分ける、②一酸化炭素については、水蒸気と化学反応させて水素と二酸化炭素に分ける、③取り出した水素を空気中の窒素と合成する、という段階を踏んで製造する。
石炭火力発電所で一定程度を混ぜて燃焼させれば、二酸化炭素排出を削減できる。
ここに来て、燃料アンモニアが注目されたのには大きく3つの理由がある。
1つは、菅政権が掲げた「2050年までに温室効果ガス排出実質ゼロ」との政策だ。
ただ、日本では原発の再稼働が困難で、かつ再生可能エネルギーの普及が遅れている。
温室効果ガス削減には、既存の石炭火力を活用しながら、アンモニアを一定程度混ぜて燃やすのが現実的な選択肢なのである。
アンモニアを石炭火力で混焼するという用途は、世界中でも他に例がない。
2つ目は、石炭火力でのアンモニア混焼技術に一定のメドがついたことだ。アンモニアは、燃焼時に二酸化炭素を排出しないが、窒素酸化物(NOx)が出るのが難点だった。
そこで、産官学で技術検証を行った結果、混焼率20%ならばNOx対策ができることが判明した。
やる気見せた電力会社
3つ目は、東京電力ホールディングスと中部電力が折半出資するJERAが、アンモニア混焼への本気度を示したことだ。
JERAは碧南火力発電所(愛知県)で21年度にも100万㌔㍗の発電所で20%程度のアンモニア混焼実験を行い、20年代後半には実用化する。
経産省の試算によると、100万㌔㍗の石炭火力で混焼率20%ならば、年間50万㌧のアンモニアが必要になる。
つまり、火力発電所1基での混焼で、現在の日本の年間アンモニア消費の半分が消費されることになる。
それほど、発電用市場のインパクトは大きい。
電力会社はこれまで、アンモニア混燃を脱炭素の切り札としてアピールできない事情があった。
「アンモニアがあれば、原発再稼働は不要」という議論になりかねないためだ。
しかし、JERAは原発を持たないため、しがらみなくアンモニア混焼を推進できる。
海外からの大量調達が現実的
ゼロから立ち上がるこの巨大市場を誰が担うのか。
国内消費は年間約100万㌧で、うち約80万㌧は国内生産だ。
主要メーカーは宇部興産、三井化学、日産化学、昭和電工だが、とても「50年に年間3000万㌧」という需要をまかない切れそうもない。
また、アンモニア発電を広めるためには、アンモニア自体のコスト競争力が必要だ。
コスト競争力の高いアンモニアを大量生産しようとすれば、天然ガス価格が低い国・地域で製造して、輸入するのが合理的だ。
このようなビジネスを組み立てられる「有力供給源」とみられているのが商社だ。
中でも三菱商事と三井物産は有望だ。
両社には①アンモニア原料である天然ガスの開発案件・経験が豊富、②アンモニアの大規模ビジネスの経験がある、③二酸化炭素フリーのアンモニアを大量生産する技術検証をしている、という共通点がある。
三菱商事はインドネシアで天然ガス由来のアンモニア
三菱商事はインドネシア・スラウェシ島で、天然ガス由来のアンモニアを製造する「パンチャ・アラマ・ウタマ(PAU)」に出資している。
インドネシアは天然ガス開発も盛んだ。PAUは、三菱商事が出資する地元天然ガス開発事業から原料ガスの調達を受けている。
PAUは、年間生産量約70万㌧で、主に工業向けとしてアジアなどへ輸出している。
日本のアンモニア年間消費量は約100万㌧なので、PAUの規模の大きさがうかがえる。
日本企業の中には、地元消費のため肥料用のアンモニア工場に出資するケースはある。
しかし、PAUは日本企業が出資する、唯一の大規模生産の輸出型工場だ。
同社燃料アンモニア・水素導入室は「現在、アンモニア事業では、肥料・工業向け用途が主力だが、今後は燃料アンモニア市場も見据える」としている。
同社は、北米や東南アジアなどで天然ガスの開発権益を有する。天然ガス製造段階で出る炭化水素から水素を取り出し、空気中の窒素と合成する。
一連の工程で二酸化炭素も出るが、CCS(二酸化炭素の回収・貯留)技術も組み合わせて、製造工程全体では二酸化炭素排出を低減できる「ブルーアンモニア」の大量生産・供給ルートの検討をしている。
LNGインフラ構築の実績も
2020年には、日本エネルギー経済研究所と、サウジアラビアの国営石油会社「サウジアラムコ」が、サウジで天然ガス由来のブルーアンモニアを製造し、日本へ輸送する実証実験を開始した。
三菱商事もこのプロジェクトに参画している。
三菱商事は、日本初のLNG(液化天然ガス)輸入(1969年)の際に、輸入代行にかかわり、今日のサプライチェーンを構築した実績がある。
資源の安定供給ルートをゼロから確立する大事業に再び取り組む。
三井物産はアンモニアのトレードで存在感
もう1社、有力なアンモニア供給源となりそうなのは三井物産だ。
日本の輸入の過半数を手掛ける。三井物産のアンモニア事業は現在、トレード(仲介・販売)のみで、事業投資案件はない。しかし、過去には優良案件を手掛けていた。
それはインドネシアの「カルティム・パシフィック・アンモニア(KPA)」だ。
豊田通商との合弁で、三井物産が75%出資していた。年間生産量は約66万㌧で、大規模生産・輸出型のプラントだ。
2013年3月期には68億円の利益を上げていたが、直後の14年にインドネシア国営企業に譲渡した(譲渡額非公表)。
インドネシアでは大型BOT事業を経験
三井物産がアンモニアの優良事業を譲渡した原因は、インドネシア側などと締結した契約だ。
プラントを建設して、事業が軌道に乗るまで一定期間運営して、その後売却する「ビルド・オペレート・トランスファー(BOT)」の条項を盛り込んでいたのだ。
KPAという優良事業案件を手放したが、事業で培ったサプライチェーン運営ノウハウは残っている。
ただ、かつてと異なり、製造工程で二酸化炭素を排出しないことが絶対条件となっている。
そこで、ブルーアンモニアの効率的な製造方法を編み出すべく、19年11月、サウジアラビアの政府機関と協定を結んだ。
サウジの天然ガスから、CCS技術も用いて、アンモニアを製造する共同調査を行う。
豊富な天然ガスからコスト競争力のあるアンモニアを大量生産するノウハウ取得に役立ちそうだ。
伊藤忠、丸紅もアンモニア収益化を狙う
両社の他にも燃料アンモニア事業の収益化を狙う動きはある。
伊藤忠商事はロシアで、丸紅はオーストラリアで、アンモニアを製造し、日本へ輸送するサプライチェーン構築の実証実験に参画している。
両社の取り組みは、改めて別の原稿で取り上げたい。
燃料アンモニアは、短期的には国内向け市場向けだが、いずれはアジアの石炭火力向けにも輸出できる日本発の有力ビジネスになりうる。
10年後の需要を狙って、各社がビジネスモデルの構築を進めている。(種市房子・編集部)