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三井物産 「32人抜き」安永社長が後任に「大本命」の堀専務を選んだ理由

.次期社長に就任する会見で思いを語る三井物産の堀健一専務
.次期社長に就任する会見で思いを語る三井物産の堀健一専務

 三井物産は4月1日付けで安永竜夫社長が代表取締役会長に退き、後任に堀健一・代表取締役専務執行役員を充てる人事を発表した。飯島彰己会長は代表取締役に退くが、6月の株主総会後に顧問に就任予定。

 堀専務は化学品営業出身ながらIR(投資広報)部長や経営企画部長を歴任し、同期の中でもいち早く執行役員に昇格した「ピカピカの経歴」の持ち主で、早くから社長候補と目されていた。「32人抜き」で世間を驚かせた6年前の安永社長就任人事から一転、今回は「大本命」の社長人事となった。

 12月23日の社長交代会見で、堀専務は「前週に内示を受けた」と明かした。また、安永社長は堀専務を「冷静沈着ながら熱いハートがある」と評した。

過去3代は「異例人事」

 慣例では6年で交代する三井物産の社長人事は、振り返れば異例続きだった。6年前は、役付きではない一執行役員の安永氏が就任し、「32人抜き人事」と話題になった。12年前の飯島氏就任の際は、1年間という短期間で常務→専務→社長と上り詰め、「金属事業での功績を買われた抜擢人事」との評が立った。さらに、18年前の槍田松瑩氏就任にいたっては、国後島ディーゼル発電施設を巡る不正入札事件などで上島重二社長が引責辞任したことに伴う人事だった。前代3人に対して、堀専務は「大本命」だった。

化学品出身、多彩な部署経験

 堀専務は安永社長より1期下の1984年入社。駆け出しは化学品営業だ。化学品部門出身者が社長に就くのは、八尋俊邦氏(在任79~85年)以来42年ぶりだ。ただし、堀専務は「化学品畑」と言い切れないほど、多彩な部署を渡り歩いた。

 2006年には米国三井物産の金融担当役員に就任。08年のリーマン・ショックに際しても現地で陣頭指揮を執った。その後は、IR部長、経営企画部長など、特定営業分野に偏らず、会社全般に関わる「コーポレート」分野で昇格した。

 14年に執行役員に昇格した際は、その3年前に異例の若さで執行役員に就いた田中聡氏の再来とも目された。ただし、田中氏は、年次が2つ下の安永氏が社長に就任したこともあり、副社長を最後に去っている。

10年若返りも検討されたが……

 一方の堀専務は、年次が1つだけ上の安永社長の後任。後任が1年しか若返らないことについて安永社長は、「10年若返っての人材登用という議論もあったが、今まで三井物産で取り組んできたことを加速度的に進めるには堀専務が適任という結論になった」と述べた。

三井物産の安永竜夫社長(右)は堀専務(左)を「自分の言葉で提案を語れる」と評価
三井物産の安永竜夫社長(右)は堀専務(左)を「自分の言葉で提案を語れる」と評価

養鶏飼料「ノーバス」を一大ビジネスに

 部長時代を主にコーポレート部門で過ごした堀専務だが、役員就任後は再び化学品部門に移った。そのポストは「ニュートリション・アグリカルチャー本部長」。同本部は、世界的な食糧増産と、食の高付加価値化を見込んだ事業を手掛ける。具体的には、食品素材、農薬、肥料の製造・販売などだが、中でも収益が見込まれるのが米国の畜産飼料生産・販売「ノーバス」事業だ。

 ノーバスは、養鶏のエサに混ぜる飼料用アミノ酸「メチオニン」を生産する。世界的にたんぱく質の需要が増える中、豚や牛に比べて宗教上の制約を受けにくい鶏肉は安定的な成長が見込める。ノーバスは、世界でも数少ないメチオニンメーカーだ。

 ノーバスは、1991年に三井物産が日本曹達と共同で化学メーカー世界大手「モンサント」から事業を買収し、設立した会社だ。買収直後、黎明期のノーバスに出向し、会社の方向性やビジネスモデルを確立したのが若き日の堀専務だった。同事業はその後軌道に乗り、三井物産は出資比率を65%から80%に引き上げた。メチオニンは、数少ない飼料メーカーの設備稼働状況によって価格が乱高下しやすい。三井物産のノーバス事業も、価格下落の影響を受けて直近の20年3月期には22億円の赤字を計上した。しかし、一時は年間200億円の利益を上げており、中長期的には三井物産にとっては有望な収益源だ。

 安永社長も堀専務がノーバスを一大事業に育てた実績を評価した上で「化学品から離れても、金融事業などで適応能力を発揮してきた。思い通りに物事が進まなくても冷静沈着に対応できる能力を持っている」と評する。

「資源・非資源」分類に疑義

 かつては利益の8割を資源事業で稼いだ三井物産には、「非資源事業の育成」という課題が残されたままだ。一般的に、石炭や銅などの資源事業は価格変動が大きい。資源事業の割合が高ければ、会社の財務が資源価格に左右されやすい。実際、2016年3月期に三井物産が史上初めて赤字決算に終わったのも資源価格の下落が直撃したからだ。

 ただ、堀専務は会見で「一般的には資源、非資源という分類が使われるが、私はそのように考えたことはない。非資源と呼ばれる事業にも価格が変動しやすいもの、資源と呼ばれる事業にも価格が変動しにくいものがある」として、区分のあり方に疑問を投げかけた。その上で「事業領域は(資源・非資源の区別ではなく)固有名詞、それもわかりやすい言葉で分けたい。そこは一つの課題だ」と述べた。

結果・数字にこだわる

 三井物産の最終損益は2012年3月期(4345億円)以来、8年間最高益から遠ざかっている。21年3月期も新型コロナウイルスの影響で業績予想は1800億円にとどまる。

三井物産の純損益の推移
三井物産の純損益の推移

 同社の業績について、堀専務は「期待されている成果、指標に十分に答えていない」と自己評価する。また、純損益、キャッシュフロー(現金収支)、ROE(自己資本利益率)など「絶対値は大事」と延べ、結果を出すことで、世界中から有力ビジネスを呼び込めるという信念を明らかにした。堀新社長が求める経営指標は、21年度事業見通しと共に5月にも公になりそうだ。(種市房子・編集部)

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