経済・企業商社の深層

三井物産の安永社長が「得意分野も自分の出身畑でも迷わず見直し対象」で見せた経営者の度量

コロナ後の新常態へ向けて布石を打つ(安永竜夫社長)
コロナ後の新常態へ向けて布石を打つ(安永竜夫社長)

 三井物産は、新型コロナウイルスの影響を受けて大胆な事業構造見直しを検討している。同社が得意としているエネルギーの探鉱・開発・生産(E&P=Exploration & Production)や、旅客鉄道事業からの撤退も検討しており、事業売却時に減損損失発生もありうる。

 大胆な事業見直し方針が示されたのは、11月2日に開かれた投資家向け広報(IR)説明会での席上だった。安永竜夫社長は、世界的なESG(環境、社会、ガバナンス)投資の潮流や、コロナによる事業環境の変化を受けて、既存事業の再評価、事業・資金配分の見直しが必要だとの認識を示した。具体的領域として、石炭火力発電所建設・運営など「石炭関連」、エネルギーの「E&P」、「旅客鉄道」の3つを挙げ、「費用対効果などの再評価を行い、事業によってはエグジット(売却など)も辞さない」と述べた。

「50年来の目利き力」も聖域でなく

 石炭関連の事業縮小については、商社の間でも活発なので当然視されたが、E&Pと旅客鉄道を挙げたことには、意外感が漂う。というのは、E&Pと旅客鉄道は、三井物産の稼ぎの柱である「基盤事業」の一部だからだ。今年度から3カ年の中期経営計画では基盤事業を、「金属資源・エネルギー」「機械・インフラ」「化学品」の3事業に定めている。E&Pは「金属資源・エネルギー」に、旅客鉄道は「機械・インフラ」に含まれる。

 中でもE&Pは「資源の三井」の得意分野だ。1969年にE&Pを担う三井石油開発を設立。三井石油開発はほどなくしてタイ沖で天然ガス・原油鉱区を取得して開発し、81年に商業生産をスタートした。以来、三井物産は地質に対する知見を高め、優良な鉱区を探し当て、資金調達や生産設備建設を手掛け、販売先を確保して事業を拡大。それに伴い、世界中から優良案件が持ち込まれるという好循環が生まれた。いわば「50年来の目利き力」を生かして、資源を同社の収益源に育てた。

 しかし、2020年4~9月決算ではコロナによる需要消失・原油・ガス価格の下落が直撃。イタリアの石油・天然ガスE&P事業が45億円の損失となるなど、苦戦している。

安永社長関与の「旅客鉄道」も見直し対象

 旅客鉄道については、ブラジルで鉄道運営事業を手掛けるなど、世界中で鉄道事業の運営や、鉄道車両のリース事業を手掛ける。このうち、鉄道車両リース事業については20年4~9月は前年同期比60億円減の49億円の損失となった。かつて鉄道事業は、新興国の人口増を背景に安定した収益が見込める事業だったが、コロナによる需要消失で一転した。

 安永氏は、機械・インフラ畑出身。機械・輸送システム本部長時代には、上記のブラジル鉄道事業への参画も決定した。他社では、首脳が過去に強く関与した事業で採算が悪化したとしても、撤退・縮小が難航しているケースがある。安永氏が出身畑も聖域としない方針を表明したことは注目に値する。

 3領域での事業見直しについて、安永氏は「経営陣で方向性は共有した。どの案件を見直すかは、協業相手もあるので手続きは踏まねばならない」としながらも、早ければ、21年3月期中の事業縮小・撤退もあり得るとの見通しを示した。

優良鉱区を見つける目利き力は、三井物産の強さの源泉だったが Bloomberg
優良鉱区を見つける目利き力は、三井物産の強さの源泉だったが Bloomberg

キャッシュフロー上方修正でも最終利益を据え置いたワケ

 三井物産は今年4月の期初、21年3月期の最終(当期)利益を1800億円と見込んだ。その利益予想は、11月発表の中間期(4~9月)決算でも据え置いている。一方で、実態の現金収支を示す基礎営業キャッシュフローは4800億円と、期初予想4000億円から上方修正した。安永氏は「基礎営業キャッシュフローは5000億円も視野に入る」と自信を見せる。

 現金収支を上方修正したのに、なぜ最終利益は据え置きなのか。その理由は、上記の事業構造見直しにある。資金配分を見直して生産高が減ったり、事業撤退が決まって安い条件で売却する場合、会計上、減損損失が出る。撤退費用で一過性損失も発生する。上半期の事業収入のみを勘案すれば上方修正余地はあるが、事業構造見直しに伴う損失を見越して差し引きゼロで最終利益を据え置いたということだ。

 最終利益予想据え置きを発表した中間決算を受けて、10月30日、同社株は前日比6・3%安で取引を終えた。元々、1800億円という期初最終利益予想は、市場から「保守的すぎる」と評価されていた。上方修正観測もあった中で、据え置きをしたことが失望を誘ったとみられる。市場に迎合することなく、一過性損失やむなしとした同社の改革方針が結実する日は来るのだろうか。

(種市房子・編集部)

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