週刊エコノミスト Online商社の深層

伊藤忠と丸紅の好決算は資源価格の下落 !?コロナでも儲ける商社のトレード

どんな状況でも包装材向け化学品には一定需要 Bloomberg
どんな状況でも包装材向け化学品には一定需要 Bloomberg

 新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、各社とも減益が予想される商社決算にあって、トレード(卸売り)事業が好調だ。商社の祖業であるトレードは1990年代に後退し、商社は基幹ビジネスを、会社や事業へ投資する事業投資モデルに切り替えたはずだった。なぜトレード事業が好調なのか。分析すると、世界的な需要低迷による素材・資源価格の大幅下落が、トレードの収益を改善させるという特殊要因が見えてくる。

伊藤忠、丸紅の好決算

 伊藤忠商事の2020年4~6月期純利益は1047億円(前年同期比28・9%減)。4~6月は世界的に経済活動が停滞したにもかかわらず、21年3月期予想(4000億円)に対する進ちょく率は25%を超えた。

 中でもエネルギー・化学品は、コロナ禍の中でも、前年同期比6億円増の112億円を稼いだ。中国などのアジア向け工業用化学原料販売が好調だった。欧米メーカーがロックダウンによって出荷が困難だった中にあって、化学原料を供給できたことが奏功した。国内では、食品用ジップ付きポリ袋などの巣ごもり需要があったという。

 同社の決算資料では「エネルギートレーディング、化学品関連事業の採算改善」と説明している。

 丸紅も滑り出しの順調さが目立った。同社の4~6月期の純利益は581億円(前年同期比10・8%減)。21年3月期予想(1000億円)に対して、最初の四半期で進ちょくり率58%に達した。

 好決算の一因は、エネルギーや化学品のトレードが好調だったことだ。化学品事業の純利益は44億円で、前年同期の16億円から伸張した。エチレンの需要が堅調だった。エネルギー事業の純損益は43億円で、前年同期のマイナス50億円から黒字転換した。油価が下がって、石油・ガス開発事業やLNG事業からの取り込み利益は冴えなかったが、石油やLNGのトレードが利益貢献した。

経済停滞でも化学品に実需

 商社の収益源は大きく分けて、トレードと事業投資がある。トレードは、メーカーから物を安く買い付け、一定利益や手数料を上乗せして売ることだ。事業投資とは、メーカーや資源開発案件に投資して、これらの会社や事業が生む利益を出資比率に応じて取り込むビジネスだ。たとえば、石油を輸入して国内の需要家に売るのは「トレード」だが、石油開発権益に出資して利益の何割かを獲得するのが「事業投資」だ。

 商社の祖業は貿易や卸売りなどのトレードだ。しかし、メーカーが商社を省いて、貿易や販売をすることが増えたため、2000年代に商社は事業投資にかじを切った歴史がある。

 しかし、今期はコロナの影響で、資源開発、不動産、自動車など、軒並み事業投資の採算は悪化しており、取り込み利益の減少が予想される。しかし、食料、資源、化学のトレードは事情が異なる。

 第一に、食料や、生活必需品向けの化学品には、経済停滞下にあっても、一定の実需がある。

指標価格下落でサヤ拡大

 第二に、資源や素材の指標価格が下落したことがある。トレードには指標価格がある。原油におけるニューヨークWTI価格や、銅におけるLME(ロンドン金属取引所)価格などだ。商社のトレードは指標価格を参考に買い付け価格が決まる。しかし、あまりにも指標が低いと、売り手は在庫を抱えるリスクを感じて「投げ売り」に出る。

 WTIが今年4月、史上初めてマイナスにつけたのは、在庫を抱える貯蔵能力が限界に近づき「お金を出してでも売りたい」という売り手がいたことが原因だった。投げ売りの端的な例だ。

 商社のトレード部門は指標価格が低迷している時は「いつもより安めの価格設定でいいならば、在庫を買う」という条件を出しやすい。他方で買い手に対しては、従前通りの手数料・利益を上乗せして売却できる。サプライチェーンの分断が起きた今年のような状況では、通常より手数料・利益幅を拡大することさえできる。この結果、サヤが拡大するというわけだ。

 同じ石油を扱うビジネスでも、開発案件への事業投資では原油の在庫を抱えるので油価低迷で収益が悪化するのに対して、トレードでは調達費用を安く抑えられるのでサヤが拡大するという異なった結果になる。

 決算説明で各社が「エネルギーのトレード収益環境が改善した」と説明するのは、このような事情がありそうだ。エチレン価格も4~6月は急落しており、化学品のトレード環境改善に寄与した可能性もある。

物産子会社が黒字転換

 第三に、商品相場が大きく動いた今回の局面では「サヤを取りたい」「ヘッジをしたい」という取引参加者が増える。三井物産のエネルギー・非鉄金属デリバティブ取引子会社の4~6月期純損益は31億円と、前年同期(5億円の赤字)から黒字転換した。不確実性の時代に売買が増えたことなどが作用した。

 今、起きているのは、一度は廃れたはずのトレードが、平時の収益源である事業投資を支えているという希有な状態だ。(種市房子/編集部)

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月30日・5月7日合併号

崖っぷち中国14 今年は3%成長も。コロナ失政と産業高度化に失敗した習近平■柯隆17 米中スマホ競争 アップル販売24%減 ファーウェイがシェア逆転■高口康太18 習近平体制 「経済司令塔」不在の危うさ 側近は忖度と忠誠合戦に終始■斎藤尚登20 国潮熱 コスメやスマホの国産品販売増 排外主義を強め「 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事