ドンキTOBの失敗に学ぶ 伊藤忠・ファミマTOB「価格堅持」宣言
伊藤忠商事が50・1%を出資しているファミリーマートの完全子会社化を狙って実施している株式公開買い付け(TOB)の締め切りが8月24日に迫っている。ファミマ株価は、TOB発表後に、買い付け価格の2300円を上回って推移し、市場からは買い付け価格引き上げ圧力がかかる。しかし、伊藤忠は「現在のファミマに2300円以上の株式価値があるとはまったく考えていない」(鉢村剛最高財務責任者=CFO)として、断固、価格を維持する姿勢だ。TOBの成否を決する応募は、期限の1~2日前に殺到することが多く、伊藤忠もファミマも投資家も、最後の1週間の株価に神経を研ぎ澄ます。
伊藤忠がファミマTOBを発表したのは7月8日。7月9日~8月24日に1株2300円で買い付ける。
ファミマ株は、TOB発表日の終値は1754円だったのが、2日後には2306円に急騰した。一般的にTOBが明らかになると、買い付け対象となる銘柄は短期的に値上がりする。投資家がさや抜きを狙って、安いうちに株を取得しようとするからだ。さらに、ファミマが買い付け価格について「十分なプレミアム(上乗せ)が付されていない」として「TOBには賛同するが、一般株主にTOB応募を積極的に推奨できない」との見解を示したことが、市場の値上げ圧力と買いを誘ったようだ。
TOB公表後1週間後の7月16日には2419円まで付けた。その後は下落したものの、2300円台で推移した。この間、米・RMBキャピタルなどの機関投資家が買い付け価格の引き上げを求める声明を出している。
ファミマを非上場化するのは、伊藤忠と親子上場していることで、両社の利益相反が起きているからだ。たとえば、伊藤忠がグループの卸売会社のノウハウも使いながらファミマの物流改革を進めようとしても、ファミマが上場会社としての企業統治を順守するために物流コスト関連情報をすぐに開示できない。ファミマの非上場化によって、機動的に情報をやりとりして、意思決定を早める狙いだ。
価格巡りファミマと対立
ファミマはコンビニエンスストア業界2位だが、新規出店や売り上げ大幅増の余地が狭まっている上、コンビニ業界自体が人手不足などで岐路に立っている。2019年に800人の早期退職を募ったところ、1100人超の応募があったほどだ。伊藤忠出身で、17年から経営に参画している高柳浩二会長もファミマの先行きに不安を感じており、親子上場が効率経営を阻害している一因と見ていたようだ。このため、19年秋に、伊藤忠の岡藤正広会長にファミマ完全子会社・非上場化を打診したとされる。
これを受けて、両社は水面下で完全子会社化のスキームを練った。3月2日には、伊藤忠がファミマに買い付け価格を2600円として4月13日~5月26日にTOBを行うとする正式提案書を出した。
事態が動いたのはそれから3週間あまりの3月28日。 日本でも新型コロナウイルスが感染拡大し、首都圏で緊急事態宣言が出されるとの観測が立ったころだった。
伊藤忠は、元々の課題であった中長期的なファミマ事業の先行き不透明感に加えて、コロナ禍を理由に、買い付け価格を2000円程度に引き下げることをファミマに提案。さらに4月3日には、当初提案の「4月13日からのTOB実施」について延期を打診した。
その後も両社は買い付け価格や期間を交渉してきた。
5月14日には、伊藤忠が「買い付け価格は2200円」と提案したものの、ファミマは「承服できない」と回答。6月になって伊藤忠が直近から100円引き上げて「2300円」を提案した。
両社は価格やTOBが成立する下限について断続的に協議。結局、7月3日になってファミマが伊藤忠に対して意見を伝えた。その内容は「TO
B・非公開化によって中長期的に企業価値は向上する」としたものの、2300円という買い付け価格は、ファミマ株主には積極的に応募を推奨できるものではない、との内容だった。
ここで、TOBについて一応の意見調整が終わった。
伊藤忠、相次ぐ声明
伊藤忠が提案した2300円という価格は、一時的なコロナショックだけではなく、ファミマの中長期事業見通しを勘案して決定した額だ。
結果として、TOB公表前日の株価に対して30・24%のプレミアムを付けた価格になった。伊藤忠からすれば十分な額だった。しかし、ファミマは、最近非公開化を目的として行われた500億円規模以上のTOBでは、プレミアムが、公表日前日比で平均36・9%であることを挙げて「十分なプレミアムが付されていない」と指摘したのだった。伊藤忠には、ファミマによる疑義表明がファミマ株主の迷いを誘い、今日の株高につながったとの不満がくすぶる。
株価が2300円超で推移する事態に対して、伊藤忠は手を打ってきた。8月5日、20年4~6月期決算のアナリスト向け説明会で、わざわざ時間を割いてファミマTOBへの所感を説明。この席で鉢村CFOが冒頭の「2300円堅持」発言をしたのだった。
鉢村CFOはこの席で「多数の賛同を得られない場合はTOBを断念する」とも述べて、不退転の決意を表明した。さらに伊藤忠は同13日「2300円の買い付け価格の変更を検討する余地はない」とする声明文を発表した。この声明発表直後に株価は下落し、翌14日終値は2301円と、買い付け価格ギリギリまで下がった。///// 訂正 翌14日終値は2301円の誤りでした。//////
ドンキTOBの失敗
伊藤忠がTOBに際して、これほど積極的に価格堅持宣言をするのは異例だ。今回の対応で想起されるのが、18年11~12月のユニー・ファミリーマートホールディングス(HD)=現・ファミマ=によるドンキホーテHD=現・パン・パシフィック・インターナショナルHD=TOBの失敗だ。
ファミマはドンキを持ち分法適用会社にするため、1株6600円でTOBを実施し、20%超の取得を目指した。買い付け価格はTOB公表前日(10月)終値に9・09%のプレミアムを乗せた額だったが、TOB期間中に株価が買い付け価格を上回る水準で推移し、応募数が目標に達せず断念した。伊藤忠がこの時の教訓を基に、価格堅持という強いメッセージを送ったという見方ができる。
かつての成功体験
一方、これに先立つ18年7~8月に実施した伊藤忠によるファミマ株TOB・子会社化は、伊藤忠にとって成功体験だ。このTOBは、伊藤忠がファミマへの出資比率を41・5%から50・1%に引き上げたもので、買い付け価格は1万1000円だった。
TOBの実施計画を発表したのは同年4月。当時の株価は1万円を挟んで推移していたが、TOBが発表されるや株価は上昇し、6月には1万2000円台に突入した。ただ、伊藤忠が6月中旬の株主総会で、株主の質問に答える形で、買い付け価格を引き上げる意思がないことを表明すると株価は下落基調に転じた。7月17日のTOB開始日の株価は1万750円に落ち着いた。
伊藤忠内には、この成功体験を基に「買い付け価格を断固上げないと宣言すれば、株価は落ち着く」「応募締め切りに向かって、株価は買い付け価格以下に値下がりしていくのでは」との期待がある。なお、ファミマ株はその後、分割されているため、今回のTOBで引用される株価は当時より低い。ファミマの完全子会社化は伊藤忠の肝煎りの新組織「第8カンパニー」の目玉事業でもあるだけに社内外から成否に注目が集まっている。17日のファミマ株終値は2301円だった。
(種市房子/編集部)
【TOB概要】
市中の株式9・9%を取得して、伊藤忠などの持ち分が60%になれば成立する。TOBが成立した場合、買い付けに応じずに市中に残った株式については、株式を併合し、株主に買い付け価格と同じ2300円を支払う。これによって、伊藤忠がファミマ株式100%を有することになり、ファミマは非上場化する。この後に、伊藤忠グループのリース会社「東京センチュリー」、JA全農(全国農業協同組合連合会)、農林中央金庫も出資者として参画する。伊藤忠の投資総額は約5800億円。