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資源・エネルギー 石炭火力廃止の深層

経産省の「石炭火力廃止」の裏にある驚きの再エネ普及政策=橘川武郎・国際大学大学院国際経営学研究科教授

海外で日本の石炭火力発電に反対する学生ら=スペインで2019年12月7日、高木香奈撮影
海外で日本の石炭火力発電に反対する学生ら=スペインで2019年12月7日、高木香奈撮影

 経済産業省による石炭火力発電の突然の廃止方針は、世界的に批判を浴びる日本の石炭火力温存からの決別を宣言したかに見えるが実態は違う。

 結論を先に言えばこれは、非効率な石炭火力発電の削減にすぎず、政策の主眼はその減らした分の受け皿を原発ではなく再生可能エネルギーとし、それを実現するために伏魔殿と言われてきた送電線のルール改定に踏み込んだ、ということなのである。

読売のスクープが与えた世論への印象

 7月2日の読売新聞のスクープが伝えた、梶山弘志経済産業相の「2030年までに非効率石炭火力をフェードアウト(休廃止)させる」という方針。3日には、大臣自身が記者会見を行い、13日には、記者会見で予告された有識者による検討が総合資源エネルギー調査会電力・ガス事業分科会電力・ガス基本政策小委員会の場で始まった。

 この「非効率石炭火力フェードアウト」方針が社会的注目を集めたのは、第1報で「非効率石炭火力の9割を休廃止」と伝えられ、あたかも政府が脱石炭火力に政策転換したかのような印象が生じたからである。

 しかし、それは、完全なミスリーディングである。

狙いは「非効率石炭火力」の廃止

 実際には、梶山経産相は、発電効率38%以下の亜臨界圧(SUB-C)や38~40%程度の超臨界圧(SC)などの非効率な石炭火力は休廃止するが、発電効率41~43%程度の超々臨界圧(USC)や46~50%程度の石炭ガス化複合発電(IGCC)などの高効率な石炭火力は今後も使っていくと明言した。

 このこと自体は、18年に閣議決定された第5次エネルギー計画の中で5カ所にわたってすでに明記されており、決して新しいものではない。今回の「非効率石炭火力フェードアウト」方針は、欧州諸国のように脱石炭火力に政策転換したものではまったくなく、その本質は、「高効率石炭火力を使い続ける」意思表示を行った点にあると言える。 したがって、この方針によって、「日本は脱石炭の流れに逆行している」という欧州諸国やESG(環境・社会・ガバナンス)投資家からの批判が弱まることはないだろう。

 ここで見落としてはならない点は、読売新聞のスクープの前々日の6月30日にはJパワー(電源開発)の竹原火力発電所新1号機(広島県、60万㌔㍗)が、前日の7月1日には鹿島パワー(Jパワーと日本製鉄との折半出資会社)の鹿島火力発電所2号機(茨城県、64.5万㌔㍗)が、それぞれ営業運転を開始したという事実である。

 これら2基はいずれも高効率のUSCであり、それらの運転開始とほぼ同じタイミングで発表された「非効率石炭火力フェードアウト」方針のねらいが、石炭火力への風当りを弱め、高効率石炭火力を維持していく意思表明にあることは、否定のしようがあるまい。

9割廃止は数字のマジック

 また、「9割を休廃止」という表現にも、数字のマジックが潜んでいる。非効率石炭火力114基のうち88%に当る100基程度をフェードアウトさせる方針なのだから、確かに「9割」と言ってもうそではないだろう。しかし、それは、あくまで基数ベースでの話である。

 ここでは、非効率石炭火力の設備容量が総じて小さい事実を、忘れてはならない。

 資源エネルギー庁が7月13日の電力・ガス基本政策小委員会で配布した資料「石炭火力発電所一覧」(20年7月時点)をもとに筆者が数えたところ、データが判明する非効率石炭火力112基のうち64基(57%)が出力15万㌔㍗以下であり、5万㌔㍗以下のものも26基(23%)あることがわかった。

 これに対して、高効率石炭火力の設備容量は大きい。

 同じ資料に掲載された28基のUSCの出力は、1基を除いて(北陸電力・七尾大田発電所1号機、50万㌔㍗)、いずれも60万㌔㍗~105万㌔㍗に達する。しかも、現在、出力50万㌔㍗~107万㌔㍗の高効率石炭火力(USCとIGCC)12基の新設・リプレース計画が進んでおり、これらのうち10基は、24年度までに営業運転を開始する予定だという。

実態は4割の石炭火力削減に過ぎない

 この設備容量の格差を考慮に入れると、より重要な意味をもつ発生電力量ベースでは、「非効率石炭火力フェードアウト」方針のインパクトは、9割には遠く及ばず、4割弱にとどまることが判明する。その点を示しているのが、資源エネルギー庁がやはり13日に配布した資料に盛り込まれた円グラフの図「図1 石炭火力発電による発電量の内訳(全発電量に占める割合、推計)」である。

(出所)資源エネルギー庁「非効率石炭のフェードアウト及び再エネの主力電源化に向けた送電線利用ルールの見直しの検討について」(2020年7月13日)10頁
(出所)資源エネルギー庁「非効率石炭のフェードアウト及び再エネの主力電源化に向けた送電線利用ルールの見直しの検討について」(2020年7月13日)10頁

 この図にあるように、18年度実績で全発電量に占める石炭火力発電量の比率は32%に及ぶが、その内訳を見ると非効率石炭火力発電量の比率(16%)と高効率石炭火力発電量の比率(13%)とのあいだには、大きな差異がない。

 発電所の基数では、非効率114基、高効率26基(18年度末時点)と大差があるにもかかわらず、である。

 しかも、今後、USCやIGCCの新設・リプレースが進めば、高効率石炭火力発電量の比率は20%にまで上昇するとしている。32%が20%になるということは、4割弱減少することを意味する。

深刻な打撃を受ける電力6社

 第5次エネルギー基本計画は、電源構成に占める30年の石炭火力の比率を26%と見込んでいる。それが、「非効率石炭火力フェードアウト」方針の実行によって、20%程度にまで縮小する。今回のフェードアウト方針の実際のインパクトは、その程度のものであろう。

 ただし、留意すべき点がある。それは、この程度のインパクトでも、「非効率石炭火力フェードアウト」方針によって経営上大きな打撃を受ける企業群が、2グループ存在することである。

 第1は、原子力発電所の稼働・再稼働を実現していない、あるいはもともと持っていない電力会社である。表1は、電力会社ごとに非効率石炭火力発電量の総発電量に占める割合を見たものである。

 この表から、原発を持たない沖縄電力を筆頭に、原発の稼働・再稼働をはたしていない北海道電力・Jパワー・中国電力・東北電力・北陸電力は、非効率石炭火力のウエートが大きく、それが休廃止されれば深刻なダメージを受けることが読み取れる。

東電・中部電・関電はセーフ

 これに対して、すでにUSCへの転換を済ませつつあるJERA(東京電力と中部電力との折半出資会社)やそれを済ませた関西電力は、非効率石炭火力のウエートが小さく、それが休廃止されてもほとんど影響を受けない。

 関西電力の場合には、元来石炭火力依存度自体が小さい、原発4基の再稼働をはたしている、という事情も作用している。「中3社」と呼ばれ、業界の1~3位を占める東京電力・関西電力・中部電力にとっては、「高効率石炭火力を使い続ける」ことを明確に打ち出した「非効率石炭火力フェードアウト」方針は、むしろ歓迎すべきものなのである。

 残る2社、九州電力と四国電力については、非効率石炭火力休廃止の影響は、中程度だと言える。ダメージが大きくならない理由は、両社が原発の再稼働をはたしていることにある。

化学・鉄鋼・製紙の自家用も大打撃

 経営上打撃を受ける第2のグループは、自家用の石炭火力発電所を持つ化学メーカー・製紙メーカー・鉄鋼メーカーなどである。図1の「自家発自家消費分3%」に該当する。これらの自家用石炭火力は、ほとんどすべてが非効率石炭火力であり、今回の休廃止方針の検討対象となる。

 半面、これらの自家用石炭火力は、各メーカーにとってきわめて重要な競争力の源泉となっている。今後、「非効率石炭火力フェードアウト」方針の実施過程では、非USC石炭火力への依存度が高い電力会社からだけでなく、自家用石炭火力を有する化学・製紙・鉄鋼メーカーからも、強い抵抗が生じるであろう。

 ここまで、特定の企業群には経営上の脅威となるものの、今回の「非効率石炭火力フェードアウト」方針は、けっして政策転換とは言えず、その本質は「高効率石炭火力を使い続ける」意思表示にあったと論じてきた。

石炭火力の輸出禁止ではない

 この方針に関連しては、「石炭火力輸出は原則禁止」との報道もなされているが、これも、ややミスリーディングである。厳密には「輸出支援条件の厳格化」と言うべきであり、条件の中心的な内容は、輸出先相手国が地球温暖化対策に真摯に取り組んでいることにある。

 ここで想起すべきは、日本から輸出される高効率石炭火力は、相手国の在来型石炭火力に比べて二酸化炭素排出量を減らす効果を持つため、石炭火力輸出自体が地球温暖化対策となりうる点である。

 つまり、条件と結果が事実上同義となり、一種のトートロジー(同義反復)が生じて、それ自体が相手国の地球温暖化対策に資するという「理屈づけ」で、石炭火力輸出が正当化される道が残されているのである。

「再エネ拡大」という政策転換

 それでは、「非効率石炭火力フェードアウト」方針には、政策転換の要素はまったく無いのであろうか。答えは、「否」である。

 石炭火力自体に関する限り政策転換とは言えないが、梶山経産相が合わせて提示した、「再生エネの主力電源化に向けた送電線利用ルールの見直しの検討」は、今後、重要な政策転換につながる可能性がある。

ついに送電線の先着優先ルールにメス

 これは、送電線利用について、原子力や大型火力の「既得権」を優先させてきた従来の「先着優先ルール」を見直して、再生エネ発電の受け入れ容量を拡大しようとするものである。その際、千葉・鹿島・東北北部で先行的に行われている「ノンファーム型接続」を、全国的に横展開するという。ノンファーム型接続とは、系統混雑時の制御などの一定の条件をつけて、再生エネ電源などからの送電線への新規接続を幅広く認める方式だ。18年から導入されてきた「日本型コネクト&マネージ」と呼ばれる新しい送電線利用ルールを、さらに深掘りしようとするものである。

 「日本型コネクト&マネージ」そのものについては、第5次エネルギー政策も言及しており、新しい政策提起とは言えない。ただし、これまでは、再生エネ電源からの送電線接続の拡大は、限定的な規模にとどまると理解されてきた。しかし、今回のノンファーム型接続の全国展開は、そのような理解に風穴をあける意味合いをもつ。

 以下の図は、今回の送電線利用ルールの見直しについて、資源エネルギー庁が「送電線利用ルールの見直しの方向性」を説明したものである。

 ノンファーム型接続が普及し、「見直しの方向性」の図がそのままの形で実現されれば、再生エネ電源の送電線接続は大幅に拡大されることになるだろう。

(出所)「非効率石炭のフェードアウト及び再エネの主力電源化に向けた送電線利用ルールの見直しの検討について」36頁。
(出所)「非効率石炭のフェードアウト及び再エネの主力電源化に向けた送電線利用ルールの見直しの検討について」36頁。

 これまで、いくら「日本型コネクト&マネージ」を掲げても、本格的に先着優先ルールを手直しすることは、困難であった。しかし、今回は、「系統混雑時に再生エネ電源が、先にファームで接続している非効率石炭火力に劣後するのはおかしい」という論理で、先着優先ルールに大きな風穴があくことになった。このように、非効率石炭火力のフェードアウトと送電線利用ルールの見直しとは、密接に関連しているのである。

 千葉でノンファーム型接続の先進事例を開拓したのは、東電グループの送配電会社の東京電力パワーグリッド(東電PG)である。東電PGにとっては、唯一無二に近い資産である送電線の稼働率を上げない限り、収益を増やすことはできない。

 したがって、今年4月の発送電分離を受けて経営の自立性を高めた東電PGは、いつ再稼働するのか見通しの立たない柏崎刈羽原発用に空き容量を確保しておく方針はとらず、積極的に再生エネ電源等の送電線へのノンファーム型接続を受け入れた。この方式が今、全国に展開されようとしているのであり、それは、明確な政策転換だと評価することができる。

原発はもう受け皿ではない

 従来の経産省であれば、石炭火力の縮小の代替手段として、原子力の増強を声高に主張したはずである。

 ところが、今回、梶山経産相は、石炭火力縮小の受け皿として再生エネ発電拡大を打ち出したのであり、この変化には刮目すべきである。

 7月1日に10カ月ぶりに開催された総合資源エネルギー調査会基本政策分科会でも、次期エネルギー基本計画の策定へ向けた経産省当局の報告の中で、原子力への言及が著しく減退した点が目立った。長年にわたって、原子力を守るための審議を重ねてきたと言っても過言ではない、あの基本政策分科会においてさえ、変化の兆しが見え始めているのである。

 今回の「非効率石炭火力フェードアウト」方針は、石炭火力そのものに関しては、政策転換と呼べるものではない。しかし、再生エネに関しては、大きな政策転換につながる可能性がある。期待感を持って、政策転換のゆくえに注目していきたい。(橘川武郎・国際大学大学院国際経営学研究科教授)

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