炭素ゼロのLNGを供給する三井物産と三菱商事のソロバン勘定
世界的に脱炭素の流れが加速する中、液化天然ガス(LNG)を取り扱う商社の中には、生産から消費までの温室効果ガス排出を実質ゼロとする「カーボンニュートラルLNG」を取り扱う動きが出てきた。三井物産と三菱商事が今春相次いで乗り出した「カーボンニュートラルLNG」の取り組みとは。
三井物産がまず北海道ガスへ供給
三井物産は今年3月、北海道ガスへカーボンニュートラルLNGを供給した。元々、三井物産は2017年に北海道ガスとLNG長期売買契約を結んでいた。3月の供給分に、LNGの生産~消費で排出される温室効果ガスを相殺する「カーボン・クレジット」を付けて販売した。
採掘、液化、輸送、燃焼のすべてをゼロにするには
仕組みはどうなっているのか。
LNG生産には、天然ガスの開発・採掘でメタンを排出したり、液化、輸送段階で化石燃料由来の電力を使う。
さらに、消費者がガスを燃焼する段階でも二酸化炭素を出す。一連の過程では、いくら温室効果ガスの削減努力をしても、ゼロにはできない。
そこで、他の場所で行われている温室効果ガス削減活動へ資金を拠出することによって、温室効果ガスの排出量を相殺(カーボン・オフセット)する。温室効果ガスの削減・吸収効果をマネー換算して取引できるようにしたのが「カーボン・クレジット」だ。
LNG運搬船1隻で2億円のクレジット
カーボン・クレジットについては、事業の妥当性や二酸化炭素削減効果を認証機関が検証する。三井物産は、世界的な認証機関「ベリファイド・カーボン・スタンダード(VCS)」が認証したカーボン・クレジットを購入して、LNGに付与した。
三井物産供給のLNGで、カーボン・クレジットの温室効果ガス削減手段となっているのは、森林保全プロジェクトだ。同社は、今回供給分のLNGに付与したカーボン・クレジットの実額は公表していない。
ただし、業界関係者によると、森林事業を対象としたカーボン・クレジットならば、二酸化炭素1㌧当たり1~10㌦程度だという。
一般的に、LNG運搬船1隻当たり6・5万~7万㌧のLNGを貯蔵できる。そしてこの量のLNGならば、生産から消費までの「ライフサイクル」で排出する二酸化炭素量は約20万㌧に上る。
森林事業を対象としたカーボン・クレジットならば、1隻分のLNGに必要なカーボン・クレジットは20万~200万㌦(1㌦×20万㌧~10㌦×20万㌧、約2000万円~約2億円)ということになる。LNG1㌧当たり約5万円で換算すれば、1隻当たり7万㌧のLNGは35億円。カーボン・クレジットが仮に2億円とすれば、LNG価格の5%超にも当たることになる。
顧客のガス会社にすれば、カーボン・クレジットの分だけコストが純増になる。それでも、ガス業界は温室効果ガス排出量が多く、特に、昨年、政府が「2050年温室効果ガス実質ゼロ」を打ち出してからは、削減策の具体化が急務となっていた。供給者側の三井物産と、需要家の北海道ガスのどちらからともなく、カーボンニュートラルLNGの導入へ協議を重ねていた。
三菱商事は東邦ガスへ供給
日本でのカーボンニュートラルLNG受け入れは、19年に、東京ガスが英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルのグループから調達したのが初めてだった。その後、三井物産と北海道ガスに続き、三菱商事も東邦ガスへカーボンニュートラルLNGを供給することになり、運搬船が4月に知多LNGターミナル(愛知県)に到着した。三菱商事の供給分は、カーボン・クレジットの対象は森林事業や再生エネルギーだ。
収益寄与は?でも資源商社が乗り出すワケ
カーボンニュートラルLNGは、まだ収益寄与段階にはない。
三井物産はカーボン・クレジットの付与によって、北海道ガスから特別の手数料を取ったわけではない。
三菱商事は、「カーボン・クレジット付与による手数料については契約上、非公開だが、このビジネスはテスト段階」としている。
確固たる収益化が見えない中でもLNGの一大供給商社である両社がカーボンニュートラルLNGに取り組むのは、国内外で築いた天然ガスのインフラ維持への思いがありそうだ。
気にするのは国際世論と機関投資家
天然ガスは石炭など他の化石燃料よりは温室効果ガス排出が少なく、再生可能エネルギーが広く普及するまでの「つなぎ燃料」と位置づけられ、国内外の家庭で使われ、ガス火力発電所やLNG生産・輸送設備も構築されている。
三井物産、三菱商事とも、ロシアの「サハリン2」や米国の「キャメロン」などの開発案件から運搬、販売まで幅広く事業を手掛けており、LNGは貴重な収益源となっている。
また、収益面とは別次元で、商社には、日本のエネルギー安全保障上、天然ガスの安定供給という社会的使命もある。ただ、天然ガスは「低炭素」ではあるが「ゼロエミッション(排出)」ではない。
排出ゼロではない燃料である天然ガスインフラの維持のためには、温室効果ガス削減の取り組み姿勢を示して、顧客や国際世論、機関投資家の支持も取り付けねばならないという事情もあるのだろう。
CO2回収技術は森林に勝てるか?
ただ、需要家のガス会社や電力会社は、カーボンニュートラルLNGには興味を示しており、市場拡大は間違いない。商社が、既存の資源事業の延長線上で脱炭素の新ビジネスを一大収益源にできるかは、事業構想力にかかっている。
カーボン・クレジットの対象としては、現在、森林事業がもっとも普及しているが、二酸化炭素(CO2)の回収・利用・貯留(CCUS)も視野に入る。
ただし、CCUSを巡っては、貯留に適しているのは枯渇したガス田などで、立地に制限がある。さらに、CCUSはコストがかかり、カーボン・クレジットの対象とした場合、二酸化炭素1㌧当たり60~70㌦にも上ると言われる。1~10㌦の森林事業とは明らかにコスト面で不利だ。
しばらくは、森林事業が主力となりそうだ。
(種市房子・編集部)