三菱商事と千代田化工の必殺技!水素貯蔵法 :大手商社「水素・アンモニア」の切り札(1)三菱商事・伊藤忠商事編
商社が次世代燃料として水素・アンモニアへの取り組みを加速している。水素やアンモニアは燃焼時に二酸化炭素を排出しないクリーン燃料だ。資源の安定供給や需要開拓のノウハウを持つ商社は、水素・アンモニアビジネスの有力プレーヤーとなることが予想される。
週刊エコノミスト2月22日発売号では「急成長!水素・電池・アンモニア」を特集している。特集でも触れている商社の水素・アンモニアの取り組みについて2回にわたり、詳報する。
千代田化工の技術的強み
水素は燃料電池自動車(FCV)や製鉄、発電用途として、今後、拡大が見込まれる。長期的には、水を再生可能エネルギーで電気分解する「二酸化炭素ゼロ」の水素普及が期待される。
しかし、中期的には、天然ガスや石炭に含まれる炭化水素から生産する手法が中心になるとみられている。
水素を巡って、2020年、三菱商事や、同社の関連会社・千代田加工建設、三井物産、日本郵船が参画する国際プロジェクトで一定の成果が出た。
ブルネイで天然ガス由来の水素を生産・貯蔵し、日本に運び、ガス火力発電の燃料に使う実証実験を20年3~12月に行い、約100㌧の生産・貯蔵に成功したのだ。
100㌧は、FCVフル充てんで約2万台に相当する。
仕組みはこうだ。
ブルネイの天然ガス生産過程で出る炭化水素ガスから水素を生産する。貯蔵・輸送では、トルエンと合成して液化し体積を500分の1に圧縮する「有機ケミカルハイドライド法」を使う。
利用時には、トルエンと合成した水素から再び水素を取り出す「脱水素」を行う。
有機ケミカルハイドライド法という技術は千代田化工が強みを持つ。
常温での輸送・貯蔵ができるメリット
水素の液化には他に、冷却による液化(液化水素)がある。
体積が800分の1まで減るが、マイナス253度という超低温に下げる必要があり、特殊な貯蔵・輸送施設が必要だ。
これに対して、有機ケミカルハイドライド法ならば、常温での貯蔵・輸送が可能だ。
トルエンと合成した水素を詰めたタンクは、従来使っている貨物車やコンテナ船で運ぶことも可能だ。
海上輸送は日本郵船が担い、三井物産は技術の市場調査を担った。三菱商事は全体の側面サポートに当たった。
「サプライチェーン全体で環境負荷が低い」
千代田化工の平田智則・フロンティアビジネス本部長は「有機ケミカルハイドライド法は、確かに脱水素の際に熱投入が必要で一定の環境負荷がかかる。しかし、既存設備を使えるため、設備建設時の環境負荷を低減できるのではないか。また、他の貯蔵・運搬法では、液化水素の場合は冷却時に、アンモニアに転換する場合は水素と窒素の合成時にエネルギーを消費する。よって、(関連設備建設も含めた)水素サプライチェーン全体で見た環境負荷は、比較的低い」と社会的意義を挙げる。
ブルネイの事業は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成を受けて2015年に開始。17~19年に設計、建設、試運転を行い、20年に実証運転をした。一定程度の水素の生産・貯蔵にメドを付けたことで、今後、プラントの大型化・商用化へ向けての大きな前進となった。
80年代からあった技術を前進させた千代田化工
有機ケミカルハイドライド法はプラント業界で1980年代から提唱されていたが、一つ課題があった。それは、「脱水素」に触媒を使うのだが、数日程度で機能しなくなることだった。このため、月間単位での連続運転は困難だった。
千代田化工は2000年代から触媒の開発に注力し、13~14年の実験では1万時間の稼働に成功した。1年間の稼働は8700時間程度。同社の触媒の効果のほどがうかがえる。
自社開発の触媒を用いた貯蔵方法については、「SPERA(スペラ)水素」の商標を登録した。現在の技術水準では、触媒の交換周期2年でプラント設計が可能で、今後の技術開発で交換周期を倍にすることを目指す。
プラント売り切りモデルからの脱却
エンジニアリング会社は従来、プラントのEPC(設計、調達、建設)が標準的なビジネスモデルであった。完工までリスクは引き受けるが、相手先に売り切るモデルだ。だが、これだと資材や人件費高騰の影響を受けて損失を受けるコストオーバーランのリスクがある。完工遅延による賠償金の支払いなどが発生するケースもある。近年、千代田化工が経営不振に陥った一因ともなった。そこで同社は、SPERA水素については、技術のライセンス供与や触媒の販売という「非EPC」ビジネスで収益を上げるモデルを描いている。
商事はアンモニアでも実績
アンモニアは、水素と空気中の窒素を合成して製造する。
従来、肥料や工業用に使われていたが、発電や船舶向けの「燃料アンモニア」が注目を集めている。
というのは、石炭火力発電でアンモニアを混焼して二酸化炭素を削減する技術開発にメドがついたからだ。
東京電力ホールディングスと中部電力が折半出資するJERAは、21年度にも石炭火力でのアンモニア混焼実験を行い、20年代後半には実用化する。
経済産業省の「燃料アンモニア導入官民協議会」は2月8日、現在は、国内でほぼゼロである燃料アンモニアを30年に300万㌧、50年に3000万㌧導入する工程表を公表した。現在のアンモニアの内需は100万㌧程度にすぎないため、この試算は巨大なアンモニア市場が立ち上がることを意味する。
三菱商事は、インドネシアで天然ガス由来のアンモニアを製造する「パンチャ・アラマ・ウタマ(PAU)」に出資し、アンモニアの大規模取引の知見がある。この知見を基に、燃料アンモニアビジネスの構築を進める(詳しくは「立ち上がる巨大市場「燃料アンモニア」にかける三菱商事と三井物産の勝算」)。
伊藤忠もロシアでアンモニア実証
伊藤忠商事も燃料アンモニアビジネスを構築している。
ロシア・イルクーツクオイルと共同でアンモニアの製造・貯蔵・運搬のサプライチェーン構築の事業調査を行う。
調査はクリーン燃料の研究開発を進める石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の委託によるものだ。
イルクーツクオイルが生産する天然ガスからアンモニアを量産し、日本へ輸送するサプライチェーン構築が可能かを調査する。
アンモニアプラントを得意とする東洋エンジニアリングも参加する。アンモニア製造工程では二酸化炭素も出るが、CCUS(二酸化炭素の回収・利用・貯蔵)技術も組み合わせて、工程全体では二酸化炭素排出をゼロに近づける。
資源調達先の分散に寄与
この調査は、伊藤忠にあっても「探鉱段階から参画し、収益を上げた優良事例」と呼ばれる石油開発事業がきっかけだった。
伊藤忠は13年、イルクーツクオイルとJOGMECが進めていた同地での石油探鉱に、国際石油開発帝石と共に参画。16年に生産段階に入り、この石油事業を管轄する伊藤忠の子会社「日本南サハ石油」は2020年3月期に77億円の取り込み利益を上げた。探鉱からの協業で培ったイルクーツクオイルとの関係を発展させて、燃料アンモニアビジネスへの活路を開いた。
伊藤忠商事の森俊之エネルギー部門長補佐は「日本にとっては、エネルギーの安全保障という観点から、アンモニアや水素の調達先を分散させることが必要になるだろう。ロシアはその一つとなりうる。日本と距離が近いことも有利な点ではないか」と話す。
九州、首都圏でも水素事業を計画する伊藤忠
伊藤忠は水素事業も加速している。
2月24日に、九州で水素の地産地消の実証実験を行うことを発表した。日本コークス、ベルギーの海運最大手CMBと組む。
石炭を蒸し焼きにする「コークス」の生産過程で出る水素を、CMB開発の水素混焼エンジンを搭載した船舶の燃料に使う。伊藤忠は計画の管理などに携わる。
26日には、工業ガス世界大手の仏エア・リキード社の日本法人、伊藤忠エネクスと共に国内の大都市圏で水素のサプライチェーン構築の事業調査を行うことを発表した。
具体的な計画は今後詰めていくが、中部地区に生産拠点を設けることを検討をしている。
エア・リキード社は既に米国に日量30トンの液化水素製造施設を建設中であり、この案件でも同程度の生産量を検討している。
今後、水素の製造は、CCUSと組み合わせることが必須となるが、技術・立地の観点から日本での実施には課題が多い。
資源開発関係者の間では「国内でのCCUSをどう組み立てていくのか」と関心が集まっている。
(種市房子・編集部)