商社4位に転落した三菱商事が今期も3位で迎える本当の正念場
大手総合商社7社の2021年3月期決算は、王者三菱商事が原料炭の市況悪化や子会社ローソンの減損などから連結純利益が前期から3628憶円減少の1726億円となり、大手商社の序列で4位に転落した。今期も業績見込みを達成してもなお3位にとどまる。
世界的な脱化石の流れで将来は主力の原料炭の収益が見込めないことは確実。原料炭に代わる収益源の確保や収益構造の改革で正念場を迎える。
前期の商社の業績は、コロナ禍で各社とも前年度から業績を悪化させたが、伊藤忠商事は期初予想の4000億円を達成、三井物産と丸紅も鉄鉱石の市況が急回復したことから、通期予想を大幅に上回り、三菱商事を大きく引き離した。
足を引っ張った原料炭とローソンの減損
三菱商事の業績悪化は、外交関係の対立で中国が豪州産石炭の輸入を制限したために市況が急落した原料炭の業績悪化が大きかった。原料炭が柱の三菱商事の金属資源グループの利益は前期の2123億円から781億円に減少した。ローソンののれんや固定資産の減損836億円も大きく響いた。各事業部門の業績も、石油・化学部門を除く9部門が前年度から減益となった。
一過性損失では、ローソンのほか、三菱自動車の減損と構造改革費用が計200憶円、垣内威彦社長肝いりで出資したシンガポールの食糧・食品会社オラムの減損と会計処理が計99億円、これに加え10憶~30億円規模の減損や評価損などが16件300億円超に達し、業績の足を引っ張った。
原料炭と並ぶ柱の天然ガス部門の連結純利益はLNG(液化天然ガス)事業の配当や持ち分利益の減少で前期から491億円減の212億円に落ち込んだ。鉄鋼製品など総合素材も子会社メタルワンの利益減などで前期から214億円減の47億円に落ち込んだ。
首位奪還の伊藤忠は鉄鉱石とCITICが貢献
一方、三菱商事から首位を奪還した伊藤忠商事は、連結純利益4014億円と当初の利益目標を達成したものの、そのうちの906億円は豪州で鉄鉱石を生産するIMEAの取り込み益で、非資源商社を標ぼうしながら鉄鉱石の市況高騰に救われた。
さらに中国のCITICの取り込み益が725億円、タイで配合飼料や畜産事業を展開するCPポカパンの事業再編に伴う株式再評価益などの取り込み益が402憶円に達し、この3社で連結純利益の過半を占める構成となった。
株価急落でCITICは2427億円の減損
伊藤忠は2015年に日本企業最大の対中投資となる6000億円を投資してCITIC株を取得したが、当時の株価13.8香港㌦だった。これが3月末に7.36㌦まで下落したため、「日本の決算基準に則り単体決算で2427億円の減損損失を計上した」(鉢村剛CFO)。さらにコロンビアで一般炭を産出するドラモンドも今期撤退を決め、やはり単体決算で948憶円の損失を計上している。
ただし、伊藤忠の連結決算はIFRS基準のため、単体決算での損失は計上されていない。
CITICについては、15年に株式を取得して以来、伊藤忠の取り込み益は累計で3500憶円以上に達しており、株価も5月11日に8.96香港㌦まで回復、「今後5年間で利益倍増する計画も推進している」(広報部)という。
全部門増益で伊藤忠は再び首位を狙う5500億円
伊藤忠商事は、今期も業績予想通りなら、連結純利益5500億円でふたたび首位となる一方、三菱商事は原料炭の回復が見込めないとして今期は3800億円、三井物産の利益予想4600億円の後塵を拝し3位にとどまる。
伊藤忠商事は今期、全8部門の増益を予想している。とくに欧州のタイヤ事業、パルプ価格の上昇など住生活部門の業績急回復を見込み、前期から417億円の増益を予想。さらに自動車、電力事業などの機械部門、鉄鉱石など金属部門、バナナやハム、チルド物流などの食料部門それぞれで300億円超の増益を見込んでいる。
天然ガスと自動車の復活見込むが3800億円止まりの三菱商事
一方の三菱商事は、得意の天然ガスは倍増の560億円、自動車・モビリティも前期281億円の赤字から530億円の黒字に転換するものの、2020年3月期に2123億円の利益を稼いでいた金属部門が今期も前期の781億円とほぼ横ばいの800億円にとどまるとみており、連結純利益は3800億円にとどまる。
ただし原料炭は豪中の対立という特殊要因で市況が落ちこんでいるだけで、これが解決すれば1000億円規模で利益は跳ね上がる。銅も世界的なEV化の流れで安定した需要の伸びが見込め、決算会見の席で増一行CFOは「保守的に予想を立てている」と上振れの可能性を匂わせた。
再エネシフトに5000億円を投資した三菱商事
三菱商事の最大の問題は世界的な脱化石の流れの中で鉄鋼原料とはいえ石炭で2000億円を稼ぐ収益構造が10年、15年先にはいずれ消える可能性があるということだ。
この打開策として2019年には、再生可能エネルギーのアセットを大量に持ち、欧州で電力やガスの小売り契約を600万件持つオランダのエネルギー大手エネコを、中部電力と共同で5000億円で買収した。
エネコの入札に参加したロイヤル・ダッチ・シェルやオリックスは応札価格が4000億円に到達した段階で降りたといわれ、落札当時「5000億円は高値づかみ」(ライバル商社)との声も聞かれた。
しかし、企業が使用する電力の100%を再生可能エネルギーにする国際的な企業連合「RE100」に世界の有力企業が続々と参加するなかで、「エネコの資産価値は1兆円、1兆5000億円になる可能性がある」(商社アナリスト)という。
三菱商事はエネコを軸に再エネの持ち分容量を660万キロワットつまり原発6基分まで増やす計画だ。
アンモニアと水素にも肩入れする三菱商事
同社が得意とするLNGも化石燃料でありながら、脱化石の流れの中で需要増加が見込める。
アジアに大量に存在する石炭火力発電所のガス火力への転換や、天然ガスから日本が発電燃料にすると決めたアンモニアを製造するプラントの需要が期待できるからだ。
日本ではまだ燃料アンモニアの需要はゼロだが、2030年には内需の3倍に匹敵する300万トン、2050年には3000万トンを導入する工程表を経済産業省が2月に公表した。
これを受けて機関投資家などから、「アンモニア発電で三菱商事は買いか?」という問い合わせが商社アナリストなどに寄せられているのだという。
三菱商事はアンモニアの大規模取引で実績があるほか、インドネシアでは大規模なアンモニア輸出プロジェクトに出資している。歴史を遡れば1958年以来、三菱重工業とともに世界中にアンモニア・プラントを納入してきた実績を持つ。当時は内需向け肥料用途だったが、今度は輸出用大規模プロジェクトが期待できる。
子会社の千代田化工建設がブルネイで天然ガス由来の水素の生産・貯蔵・運搬プロジェクトの開発を進めており、三菱商事も協力している。
「国策に売りなし」の三菱商事の死角
株式市場の格言に「国策に売りなし」がある。菅政権が「2050年までに温室効果ガス排出ゼロ」を宣言したことでにわかに脚光を浴びているアンモニア発電や水素は、三菱商事がもっともくみしやすい「国策」だ。しかし、ここに死角がある。
かつて垣内社長は、社長に就任した2016年、「首位を奪還したら2度と(伊藤忠に)は譲らない」と明言したが、前期と今期2期連続で首位を譲る。「それにしては危機感が感じられなかった」とアナリスト説明会に出席したある証券アナリストは語る。
ここ数年、三菱商事は7000億から8000億円の投資をおこなってきたが、それが身になっていれば伊藤忠に首位を開け渡すことはなかったはずだ。これに対する伊藤忠商事は、「子会社の8割が黒字」(鉢村CFO)。292社の連結対象のうち、取込利益が20億円以下が70%と言う中小事業で占められている。
ここに伊藤忠の強さがある。
国策に乗ってまた大型プロジェクト、大型投資、資源偏重から脱却する発想を持たないと、3度目の首位陥落どころか万年2位、3位を覚悟する必要がある。
脱化石は化石商社である三菱商事のチャンスだが、コロナ禍は根本的に収益構造を変革させるチャンスでもある。
(金山隆一・編集部)