投資の達人に聞く⑥野村AM「情報エレクトロニクスファンド」(下)ワーグナーのオペラからひらめき、サイエンスとアートで臨機応変に運用する
情報エレクトロニクスファンドを運用する野村アセットマネジメントの福田さんは、自分をどういうタイプのファンドマネージャーと分析しているのか。
「理念先行型と変化対応型」
福田さんはファンドマネージャーには2タイプいると考えている。
一つ目は、「理念先行型」。こういう銘柄に投資をすれば、リターンが得られるはず、とあらかじめ投資方針を掲げるタイプだ。経営者に例えれば、ダイエー創業者の中内功氏。米国流のチェーンストア理論を日本の流通業界に導入し、エブリデーロープライス戦略により、一代で巨大な小売りチェーンを築いた。
もう一つは、「変化対応型」。日々の現実社会の変化から、投資アイデアを見出し、変化に対応することでリターンを得るタイプだ。こちらの代表は、セブン&アイHDの鈴木敏文・名誉顧問。駅前立地で単品管理による個店経営に重きを置く。
「自分はセブンの鈴木敏文氏タイプ」
「ファンドマネージャーで言えば、前者は、オーナー企業やROAの高い企業に投資するというのが典型。だが、私はまさに後者のタイプ。前者の方が明快で分かりやすいが、テクノロジー株は非常に変化が激しく、過去のデータに当てはまらないというケースが多い。現実の変化に臨機応変に対応していくことが大事」(福田さん)。
「臨機応変とメリハリ」
福田さんは、自分の運用の特徴について、「臨機応変」と「メリハリ」にあると語る。
情報エレクトロニクスファンドの投資対象はITや電機関連の銘柄で、どうしても景気敏感で株価変動が大きな銘柄が中心になる。だから、景気の良い時にいくらリターンを積み上げても、景気が悪化した時に放置しておくと、せっかく積み上げたリターンを吐き出すことになりかねない。そこで、景気や株式市場の状況を見ながら、攻めと守りを臨機応変にギアチェンジし、ポートフォリオの特性をコントロールしている。
「セブンイレブンやイトーヨーカ堂を長年率いてきた鈴木さんは『小売業は変化対応業』と口癖のように言っていたが、私もファンドマネージャーは変化対応業と考えている」。
一方、メリハリは、「個別銘柄のウエイト付け」を示し、連載の(中)で紹介したように、ホームラン級の長打力のある銘柄には思い切って投資していくというわけだ。だから、情報エレクトロニクスファンドの投資対象は30~40銘柄に絞り込まれている。
負け戦は回避
「負け戦は回避し、勝ち戦だけに参加するのは、個人投資家にとって、株式投資で成功するため鉄則だが、常時、戦場にいなければならない機関投資家にとっても、当てはまる原則と考えている」。
実際、情報エレクトロニクスファンドの2012年4月から21年4月までの過去10年間の運用成績を見ると、「国内大型グロース」のカテゴリー内でカテゴリー平均に対して8勝2敗で勝ち越しており、「負け戦の少なさ」が目立つ。
ワーグナーのオペラから投資のアイデア
こうした独自の投資哲学、運用スタイルは、趣味のクラシック音楽から大いにインスピレーションを得たという。
「自分はとりわけ、ワーグナーのオペラが好き。演奏家、そして聴き手にとって、演奏の良し悪しを判断する際の大きな基準が『臨機応変』と『メリハリ』だ」(福田さん)。
同じ曲でも、音楽のテンポ、リズム、デュナーミック(音の強弱)、音色によって、全く違う印象を受ける。これらの構成要素が平板で変化に乏しければ、つまらない演奏に聞こえるし、「臨機応変」で「メリハリ」が効いていれば、生き生きとした素晴らしい音楽にもなる。
左脳と右脳の両方を活用
「哲学者ニーチェは、ワーグナーの音楽を『アポロン』(理性=左脳的)、『デュオニュソス』(情動=右脳的)という言葉で礼賛したが、音楽とはまさに、左脳と右脳が生み出す奇跡。ファンドの運用も同じだ。指揮者は演奏者を動かすが、ファンドマネージャーは銘柄を動かす。中長期的に良いパフォーマンスを出し続けるには、左脳と右脳、論理と感性、サイエンスとアートの両方を有効活用して初めて可能になる」と説明する。
株式投資は、自然科学に属する分野ではなく、社会科学に属するもの。人間の営みそのものが集約された資本市場は、自然科学と違い絶対的な法則などはなく、答えも決して一つではない、というわけだ。
「会社で一番の何でも屋」
福田さんは、この情報エレクトロニクスファンド以外に、中小型株に投資する「小型ブルーチップオープン」と成長が期待される企業に幅広く投資する「野村セレクト・オポチュニティ」ファンドを任されているが、いずれも好成績を上げている。
「会社では、私が一番の何でも屋。今年1~3月のグロース(成長)株からバリュー(割安)株相場への移行局面でも、一般型の『野村セレクト・オポチュニティ』ファンドで、1月にグロースからバリュー株に銘柄を入れ換え、ベンチマーク(TOPIX)に対し超過リターンを出すことができた」と話す。
アブダビ投資庁の林則行氏にあこがれ、運用の世界に
福田さんは大学では、政治思想を専攻していた。この世界に入るきっかけとなったのが、大学のゼミの先輩でもあった、ファンドマネージャーの林則行氏の存在だ。林氏は、コロンビア大学でMBAを修了後、フィデリティのアナリストなどを経て、2000年代にドバイのアブダビ投資庁で日本株運用部長としてオイルマネーの運用を担当していた。
「林さんが日本に帰国した際に、就職訪問をして、あこがれてこの世界に入った。海外の運用機関でもまれている本物のファンドマネージャーで、私が一番、追い掛けていた人物」と話す。
ちなみに、福田さんの大学時代の愛読書は、東洋経済新報社の「オール投資」と弊誌週刊エコノミストだ。ファンドマネージャー以外の職業は考えていなかったという。
日本の人口減少問題は日本株投資には全く無関係
最後に、福田さんに日本株の展望について聞いた。
「個人投資家が日本株より、外国株を好むというのは、過去のリターンがそうだし、当然、そういう人が多いだろうなというのは理解できる。しかし、今後、日本の少子高齢化が進むと言っても、日本の人口だけで企業の将来が左右されるわけではない」
「私が投資をしているソニーにしても、新光電気工業にしても、売り上げと日本の人口は全く関係ない。そういう企業を中心に投資をしている。実際、情報エレクトロニクスファンドは、米ナスダック総合指数を上回るパフォーマンスを出している」
IT関連企業でも国内限定の「ガラパゴス銘柄」がある
「逆に、IT関連企業でも、Eコマースや、SNS、フリーマーケット関連企業で、日本の国内市場に依存し、国境の壁を超えられないガラパゴス銘柄もある。昨年は、東証マザーズのフィンテック銘柄が上昇したが、私が投資しなかったのは、IT関連で国境の壁を超えられた実例がほとんどないからだ。一方で、製造業のようなところは、そうした壁を容易に超えているし、これからも超える会社が出ると思う」
「内需系で、一見、人口に依存しているように見える産業でも、例えば鉄道株で、中国からのインバウンドをうまく取り込めば、観光産業として生き残っていくシナリオもありうる。レッテル張りで投資対象から外すべきではない」
情報エレクトロニクスファンドの純資産残高は160億円とまだ、小さいが、米国株のインデックスに勝てる日本株アクティブの定番ファンドとして、個人投資家にもっと、注目されてよいはずだ。
(稲留正英・編集部)
(終わり)