投資の達人に聞く⑧JPモルガンAM「JPMザ・ジャパン」(中)バリュー株相場への転換を予想、資源・エネルギー関連株への投資が超過収益を生んだ
JPモルガン・アセット・マネジメントの中山大輔・ポートフォリオ・マネージャーは、投資アイデアとして、「循環と相対」を重視している。
「ITとコモディティ(商品)」で10~15年のサイクル
循環は、「サイクル、期間」のことを示す。世の中や株式市場が知覚できる一番長いサイクルは、一般的に10年~15年くらいという。これは、金利サイクルと一致している。米国金利は大体10年から15年くらいでピークとボトムを付けている。景気で言えば、経済危機が起こり、金融緩和され、回復に向かう。今度は利上げモードに入り、景気が頭打ちとなり、最後はクラッシュする、と言った循環だ。
相対は、「大型か小型」「バリュー(割安株)かグロース(成長株)」「内需か外需」と言った組み合わせだ。
中山さんは、この中長期のサイクルと組み合わせは、産業構造にも適用できると見ている。例えば「重厚長大と軽薄短小」「情報通信(IT)とコモディティ(商品)」といったもので、こちらも、10年から15年くらいのサイクルがあると分析する。
過去のハイテク相場の歴史
「現在、米大手ハイテクのGAFAMや半導体関連銘柄が人気となっているが、その前は、2000年のITバブル、1985年~87年のVTR相場があり、更にその前は、1960年代にカラーテレビ相場があった」(中山さん)。新しい技術、アプリケーションが登場し、これがまず、高付加価値化し、その後、普及の過程を経て、コモディティ(日用品)化、最後は、販売数量は増えるが利益は少なくなるという中長期のサイクルだ。
資源バブルの前回ピークは2007~08年
一方、資源・エネルギー市場でも同様の中長期サイクルがあると見る。前回のピークは2007年から08年。世界最大の人口を抱える中国が2001年、WTO(世界貿易機関)に加盟し、「世界の工場」としてグローバルなサプライチェーン(供給網)に組み込まれた。その結果、石油や鉄鉱石などの需要が急増。石油を産出する米テキサス州を地盤とする共和党のブッシュ政権が誕生したことで、石油資源の開発も急ピッチに進み、原油価格は一時1バレル140㌦まで高騰した。しかし、2008年のリーマン・ショックと米シェール革命で、資源・エネルギー価格は長い低迷期に入った。
コモディティ(商品)系の復権を確信
昨年は新型コロナの感染拡大により、経済のデジタル化が加速するとの思惑から、GAFAMや半導体関連銘柄が大きく上昇した。しかし、中山さんは、「循環と相対」のサイクル論から、「2000年や07、08年のように、コモディティ(商品)系が復権してくるのではないかとの確信を強めていた」という。
世界的なESG投資の流れも後押し
その確信を後押ししたのが、世界的なESG(環境・社会・企業統治)投資の流れだ。地球温暖化が人類にとって脅威であることが明らかになり、世界最大の資源・エネルギーの消費国である中国も、脱炭素の流れでは、完全に西側諸国と歩調を合わせた。無節操な資源開発は、機関投資家や銀行の圧力もあり、歯止めが掛かっている。
人権問題に関しては、中国と西側諸国で隔たりはあるが、民間企業の間では、強制労働や人権を軽視した労働により生産された原材料や中間財を購入することは、企業の社会的責任や企業統治の観点から難しくなりつつある。つまり、資源やエネルギーの分野で、世界的に供給制約が強まりつつある。逆に言えば、環境規制や人権問題などに対応できる技術・ノウハウを持つ鉄鋼、鉱山会社やプラント、産業廃棄物処理会社などにとっては、大きなビジネスチャンスとなる。
過去の資源相場を集中してリサーチ
「中長期的に俯瞰した場合、成長(グロース)株一辺倒のトレンドが変化し、2020年代(2030年に向けた10年間)は、再びコモディティやバリュー株が主要トレンドになるとのストラテジーを立てた」(中山さん)。この1年半は、前回、資源バブルがあった2001年から05年にかけて、どういうテーマがあり、銘柄の評価の変化があったのか、自分の過去の経験値と過去の株価を見ながら、集中的にリサーチしたという。特に、希少金属や鉄鋼系の企業や商社、大手プラント会社に注目した。
今回の局面では、世界的な金融緩和により、投機的な資金が商品市場に流入し、銅などの市況も過去最高値圏にある。実際、この4~6月期決算でも、鉄鋼会社や資源を扱う総合商社で業績見通しを上方修正する企業が相次いでいる。
環境技術に強い住友金属鉱山
こうした戦略が「ザ・ジャパン」の直近の銘柄選定に落とし込まれているという。その代表例が住友金属鉱山や商船三井だ。住友金属鉱山はEV(電気自動車)や蓄電池などの電力インフラに不可欠の銅・ニッケルを生産する大手。環境負荷の低い製造技術や適切な労働環境の整備に長けており、取引先企業がESG調達を強める中、高い競争力や収益性が期待されるとの観点から組み入れた。
商船三井は「自動車運搬船のスクラップ」がヒントに
商船三井は、昨年、コロナで自動車が売れなくなる中、会社への取材で、古い自動車運搬船をスクラップにしたとの話を聞いたことがヒントとなった。その後、自動車の需要は急回復したが、将来の需要は依然、不透明なため、思い切った運搬船の能力増強投資もできない。商船三井、川崎汽船、日本郵船の定期コンテナ船事業が2017年に「Ocean Network Express」として統合され、収益力を強化する一方、グローバルな海運業者の集約で海運業界の構造的な供給制約が中長期的に続き、同社の収益にプラスに働くとの見方から、今年1月、15年ぶりに同社株への投資に踏み切った。
IHIや日揮ホールディングスも組み入れ
これ以外にも、6月末の段階では、大手重機械メーカーのIHIや大手プラントの日揮ホールディングスも、脱炭素ビジネスへの期待から、ファンドの組み入れ上位に入っている。
今年に入り、グロース系銘柄に傾注していたアクティブファンドがバリュー株相場への転換を見誤り、TOPIX(東証株価指数)の運用成績に劣後する例が目立ったが、「ザ・ジャパン」はその例外となり、TOPIXに対しこの1年間で10%以上の超過収益を確保している。これは、「戦略転換が上手く行き、オールドエコノミー系やバリュー系の銘柄の上昇が運用成績を下支えしたことが背景にある」(中山さん)という。
割安なデジタル・IT系への投資も忘れず
もっとも、「デジタル、IT系が全部だめ、コモディティ系が全部良いというわけではない」。株価が調整したデジタルやIT株は、東証マザーズ上場銘柄も含め、かなり買い増しもした。「5年後、10年後のエムスリー、GMOペイメントゲートウェイ、モノタロウという会社はあるはず。その視点は非常に重要なところ」と話す。相場サイクルの転換をいち早く見抜き、バリュー株に投資する一方、成長株への目配せも忘れていないところに、「ザ・ジャパン」の運用の自由度が表れているようだ。
(稲留正英・編集部)
((下)に続く)