教養・歴史書評

組織のあり方を見れば、アメリカ資本主義の特質が見える=諸富徹

『マイケル・ジェンセンとアメリカ中産階級の解体 エージェンシー理論の光と影』 評者・諸富徹

著者 ニコラス・レマン(ジャーナリスト) 訳者・藪下史郎、川島睦保 日経BP 3080円

アメリカ資本主義の推移と特徴を組織の視点から考察する試み

 本書は、20世紀から21世紀にかけてのアメリカ資本主義の発展を、それを支える組織のあり方に着目して明らかにしようとする試みだ。

 出発点は、ニューディール期のアメリカだ。ルーズベルト大統領のブレーンだったアドルフ・バーリは、名著『近代株式会社と私有財産』(1932年)で次の2点を説いた。第一は、比較的少数の企業が急速にアメリカ経済を支配するようになり、経済権力の集中が起きたこと、第二は、これらの企業を真に支配するのは株主ではなく、経営者だということである(「所有と経営の分離」)。

 巨大企業への権力集中の対処法として当時、巨大企業を解体すべしと主張する最高裁判事ブランダイスらに対し、バーリらは大企業化を時代の必然とみて、そのパワーを巨大な政府権力で制御すべきと主張した。この見解はまさに、戦後アメリカの時代精神を体現していた。

 だが製造業を中心とする「組織の時代」はやがて、金融業を中心とする「取引の時代」に道を譲る。その駆動力となったのが、マイケル・ジェンセンらによる「エージェンシー理論」である。企業を制御するのはもはや政府ではなく、株主となる。彼らは経営者(エージェント)に株主(プリンシパル)の忠実的な僕(しもべ)としての役割を果たさせ、株主価値最大化にまい進させる必要があると説いた。実際、彼らの理論は金融自由化とM&Aの隆盛に大きな影響を与え、20世紀末から21世紀にかけてのアメリカ資本主義を変貌させた。クリントン大統領の民主党政権が、規制緩和でこれを推進したのは象徴的だ。だがそれは、リーマン・ショックという次の危機を胚胎させた。

 現代の「ネットワーク型社会」への移行とともに、アメリカ資本主義の中心地は、ウォール街からシリコンバレーに移った。インターネットを介して企業や人々が双方向でつながりあう社会だが、著者はそこに新たな独占化傾向、プライバシーの喪失、格差の拡大等の問題を見いだす。

 では我々は、どこへ向かうべきなのか。著者の答えは、巨大企業や政府、あるいは市場に頼るのではなく、我々自身がそれぞれ組織を作り、その立場を堂々と主張する多元的な利益集団で社会を組織するというもので、きわめてアメリカ的な結論だ。他方でバイデン政権が、長きにわたる新自由主義の時代を終わらせ、再び政府主導で経済を組織化する時代に向かおうとしているかに見えるいま、アメリカ資本主義のあり方をユニークな視点から再考させてくれる一冊として、本書をお奨めしたい。

(諸富徹・京都大学大学院教授)


 Nicholas Lemann 1954年生まれ。ハーバード大学卒業後、『ニューヨーク・タイムズ』『ワシントン・ポスト』などを経て、99年から『ニューヨーカー』のスタッフライターに。コロンビア大学大学院ジャーナリズム学科の学科長も務めた。

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